第三百二章 王女様はご不満 6.不撓不屈の好奇心~ノンヒュームの聴講生に向けて~(その2)
「いやぁ……自分はどちらかと言うと、酒器の中身が専門ですんで」
――どこかのほほんとした口調でそう返したのは、ニーノという名のエルフの少年。今や「ビール」のブランドとして知られるドランの杜氏の息子である。
親の後を継いで立派な杜氏となるべく日々励んでいたのだが……そんなある時ドランの村に投げ込まれたのが、「ビール」という未知の酒を醸してみろという挑戦であった。新規な酒の醸造に意欲を燃やす親の姿を目にしたニーノは、そのプロフェッショナルな態度も然る事ながら、「エール」と似ているにも拘わらず全く異なる酒というものが存在する事に衝撃を受けた。のみならず、それを機としてドランの村には、種々様々な新規の酒が――その開発依頼が舞い込むようになったのである。
この世界にはどれだけ自分の知らぬ酒があるのだろう、それらを目にし舌に載せる機会が来るのだろうか――と、子供らしい夢想に浸っていたところへ、同じエルフの学者であるベルフォールが「食の比較文化史学」なる講義を開講し、しかもその聴講生を募集しているというビッグニュースが持ち込まれる。
応募してみるかという打診に一も二も無く頷いたのが、ニーノがこの場に居合わせる理由であった。
そして――その事情からはっきり判るように、彼の関心は酒の方にあり、酒盃だの酒壜・酒樽だのに関心は無い。況してや、それらの作風がどうだとかこうだとかには、毫も関心を抱けなかった。中身を安全確実に収容できるのなら、木製だろうが骨製だろうが構わないではないか。
その態度にはトグルも同意できるものがあったと見えて、後方で頻りに頷いている。
……〝ノンヒュームの古い様式を取り入れた酒器〟について訊く相手としては、どうやらニーノは不適当なようだ。
溜息を吐いた王女が更に頭を巡らすが、その視線を向けられた最後の聴講生は、
「畑違いだ」
――と、言葉少なに、しかしきっぱりと否定の意を示す。
「そうよねぇ……」
ノンヒューム聴講生三羽烏の最後の一人は寡黙な少年。トウという名の獣人であった。
彼の父親は獣人の皮革職人で、革細工をバンクスの町に卸して生計を立てていた。或る日父親に蹤いてバンクスへ行った際に、取引先の商人から「モルファンの貴人から譲ってもらった革細工」というものを目にする事になった。……薄々お気付きの向きもあろうが、取引先の商人とはあのパーリブであり、「モルファンの貴人」とはアナスタシア王女の事である。
そこでトウは、〝革細工と一口に言っても、こんなに違いがあるものなのか〟と、改めて驚かされる事になった。父親の手順が当たり前のように思っていたが、皮の種類と処理のタイミングで、あれほど異なるものになるとは。
その晩父親と話していた彼は、長年海中に沈んでいた皮を蘇らせた事例があると聞かされて、更に驚かされる事になった。
その様子を見ていた父親が、〝何なら〟――と紹介してくれたのが、学院の聴講生募集の話であったのだ。
こういった経緯から解るように、彼の興味は革細工にある。件の酒器が革製品であるならともかく、金属製の酒器など彼の眼中に無い。話を振るだけ無駄である。
――とまぁこういった具合に、当てにしていたクラスメートからの情報収集は、アナスタシア王女としては不満足な結果に終わった。
(有望そうに思えたんだけど……残念ね)
ただ……ここですんなりと引き下がるようでは、母国モルファンの親族家臣があそこまで警戒する筈も無い訳で……
(だったら次の手を動かすしか無いわよね)
懲りない王女は、不撓不屈の好奇心を以て、次に打つ手を考えていたのである。




