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第三百二章 王女様はご不満 5.不撓不屈の好奇心~ノンヒュームの聴講生に向けて~(その1)

 さて、(おそ)れ多くも(笑)大国モルファンの王女アナスタシアから直々のご下問を受けた、三人のノンヒューム聴講生たちは、互いに顔を見合わせた。

 そりゃ、確かに自分たちは今風に云う「ノンヒューム」の(くく)りに入ってはいるが、だからと言って〝ノンヒュームの古い様式を取り入れた酒器(ゴブレット)〟について訊ねられても……


 互いに顔を見合わせていた三人だが、やがて一人が返答の口火を切った。



「様式なんて言われてもな、職人ごとに作風が違うのは当たり前だ。飾りに凝るやつもいりゃあ実用性を重んじるやつもいる。それを()(くる)めて〝ノンヒュームの様式〟って言われてもなぁ……心当たりの当てようが無い」



 そう答えた彼の名はトグルという。

 どこか幼さを残す(おも)()しながらもずんぐりガッシリとしたその体格が示唆するように、マナステラからやって来たドワーフの少年であった。ドワーフと言えばヒゲ面が付きものだが、彼の面相にその気配は無い。ドワーフと(いえど)も子供のうちはヒゲは伸びず、また伸ばすのを許されていないらしい。(もっと)も、既に眉毛などはその片鱗を窺わせているが。


 彼の一家は金属製の食器類、所謂(いわゆる)カトラリーの製造を生業(なりわい)としており、父親は名工として知られていた。顧客からの依頼を受けて受注生産を行なう事も珍しくないが、その際の注文――平たく言えばカトラリーのデザインが多岐に(わた)る事が、幼いトグル少年の興味を引いた。

 以来、親や知り合いから聴き取った内容を自分なりに整理したりしていたのだが、最近それだけでは物足りなくなってきたところへ持ち込まれたのが、「比較文化史学」の聴講生の話であったから、これ幸いとその話に乗る事にした……というのが、彼がこの場にいる理由である。


 ――事情はともかく、憮然とも泰然ともつかぬ表情で先程のように返したトグルであったが、そんな答えでアナスタシアは納得しなかった。



「あら? 飾りの多寡はともかくとして、ドワーフの細工物と言えば有名じゃない。色の違う金属を組み合わせ埋め込んで作る細工は、他の追随を許さないと聞いたわよ?」

「インレーの事か? 確かにちっとコツは要るが……ありゃ別にドワーフの独占ってもんでもねぇだろう?」



 トグルの言う「インレー」とは、虫歯の()(どう)に詰め物をして埋める技術……ではなく、いわゆる「象嵌(ぞうがん)」の事である。原義は〝一つの素材に異質の素材を()め込む〟事で、素材の種類によって金工象嵌・木工象嵌・陶象嵌などがあるが、勿論ドワーフの場合は金工象嵌である。

 ドワーフは【鍛冶】だか【錬金術】だかのスキルでそれを為しているようだが、別にそういったマジカルなスキルに頼らずとも、手作業で細工を施す事もできる。クロウこと日本人の(からす)(まる)良志(ながゆき)が知っているのはこっちである。

 トグルの発言はこういった事実を踏まえた上でのものであったが、だとしてもドワーフがその第一人者であるという事実は(くつがえ)らない。水掛け論に堕すかと思われたが、



「その酒器(ゴブレット)ってやつにゃ、象嵌(インレー)が施されてたのか?」



 (そもそも)それを確認しないでは、議論自体が成り立たないだろう――という指摘には、王女も(うなず)かざるを得ない。

 クル~リと(こうべ)を巡らせた王女がフェルナンドにその視線を向けるが、フェルナンドは頭を振って否定の意を示す。彼とて噂話を伝えられただけであって、件の酒器(ゴブレット)が示す〝ノンヒュームの古い様式〟とやらの具体像まで知ってはいない。

 つまり――これ以上の議論追及は意味を成さない。


 ふんぬ――と、王女らしからぬ鼻息を()いたアナスタシアは、次なる獲物に目を向けた。

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