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第三百一章 マーカス騒乱節 或いは 魔女の小鍋 12.サガン商業ギルドの困惑(その2)

 ――その風向きが変わってきたのは、マーカスの骨董(こっとう)特需が切っ掛けであった。


 雇い主たるマーカス貴族から、〝「古代マーカス帝国」の遺産と関連しそうなもの〟――などという、ふんわり曖昧(あいまい)模糊(もこ)とした条件を出されて、「遺物」の収集を仰せ付かった者たちにしても、探すべき対象のイメージがあまりに不明瞭・不明確なため、()(ほう)に暮れるしか無かったのだ。

 そこに付け込んだ古物商が、調子の良い口上を並べ立てて怪しげなものまで売り付けたせいで、〝「古代マーカス帝国」の遺物は多岐に(わた)っており、雑多なものから成っている〟というイメージが、貴族たちの間に逆成される事になった。

 大概に本末転倒した話なのであるが……この〝雑多なもの〟という表現に合致する……とまではいかなくても、イメージが大きく(かぶ)ったのが、先程から話題にしている「アバンドロップ」なのであった。


 現物を見較べさえすれば、()ぐにでもその相違点に気付いただろうが……生憎(あいにく)と、互いの需給品の具体像を知らぬまま、「説明文」だけが独り歩きを始めていた。


 ……それが、今現在サガン商業ギルドの面々を悩ませている懸案事項なのであった。



・・・・・・・・



「アバンのドロップ品というのは、そこまで雑多なものなのか?」

「どうだろうなぁ……サガン(ここ)では宝飾品しか買い取らなかったし」

「アラドでも既に売れて散逸したようだし……今更確認する(すべ)は無いな」



 ――そう。〝雑多〟の内容が解らないのは、サガンの商業ギルドも同じなのである。


 (そもそも)アバンドロップのうち、サガンの商業ギルドはアクセサリーだけを買い集め、それ以外のものには手を出していない。サガンが手を出さなかった品々を引き受けていたのは、アラドの商人たちである。

 故に……サガンの商業ギルドはアラドに流れた品々のラインナップを知らず、アラドの商業ギルドはアバンでドロップしたアクセサリーの内容を知らない……という事になるのであった。



「売買記録も、付けてない商人は意外といるし」

「記録があったとしても、『置物』とか『酒器』とかだろう。仔細な部分は確かめようが無い」

「アラドの連中の言い分じゃ、時代や作風がてんでんばらばらという事なんだが……」

「それも漠とした印象でしかないのだろう?」

生憎(あいにく)とな」

「しかし……こっちで買い入れた装身具は、そこまで雑多な印象は無かったが?」

「うむ……」



 アバンでドロップさせたアクセサリーは、ハンスとエメンの手になるものが大半であった。作る際に、当たり障りの無いシンプルなデザインを意識したせいで、そこには自ずと或る種の統一性が表れてくる。二人もそうならないように工夫はしているのだが、どうしても〝中産階級向けのリーズナブルなデザインのもの〟という点を意識してしまうため、そこに或る種の共通性が生じるのは避けられなかった。


 ――なので、アラドからの警告を受けたサガンの商業ギルドでも、アラドの懸念が今一つ解らない。〝雑多〟というのはどういう事なのか。


 〝雑多〟という語が意味する中身を互いに知らないまま、その語句のイメージだけを(よすが)として、まともな認識の()り合わせなどできる訳が無い。しかもこれに、マーカスの「出土品」の〝雑多〟性が絡んでくるのだ。カオスにならない方がどうかしている。



「で……問題はマーカスで噂になってるという『古代遺物』か」

「正確には、それ(・・)(おぼ)しき品々を、貴族たちが買い漁っているという事だな」

「その、買い漁っているものが多岐に(わた)るという事だが?」

「貴族たちだって何の根拠も無しに、そんな買い物はしないだろう」

「……そうだな。少なくとも古代帝国とやらの遺物が、多岐に(わた)ると判断すべき理由はあるのだろう」



 ……違う。


 (そもそも)マーカスの貴族たち(一部)は、確たるイメージがあって「古代遺物」を探させている訳ではない。〝古代帝国があったのだから、その遺物だってあるだろう〟という、理由も(しん)(ぴょう)(せい)も無い思い込みから、とりあえず〝遺物っぽい〟ものを探させてみただけだ。

 その結果引っ掛かってきたのが〝雑多〟なものとなったのは、これは或る意味で当然の結果であった。


 しかし……そんな馬鹿げた裏事情を知らない者の目で見ると、そこに何かの意図があるように思えてくるから不思議である。



「マーカスの貴族たちが、〝雑多〟というキーワードで遺物を探しているとすると……」

「アバンのドロップ品に目を付ける可能性がある訳だ。……アラドの連中が心配しているように」



 ――そう。これこそが、サガン商業ギルドに降りかかってきた懸案なのであった。


 それがサガンに伝えられたのは、問題のアバンが一応ヴォルダバンの領土内であり、そのアバンに最も近いヴォルダバンの町が、他ならぬここサガンであったからである。



「アラドの連中も、マーカスの貴族がそこまで無茶な難癖を付けてくる可能性は低いと見ているが……」



 幾ら何でもマーカスが、〝アバンのドロップが示すように、()の地の辺りは栄光ある「古代マーカス帝国」の版図であった。サガン並びにヴォルダバンは(ただ)ちにマーカスに恭順を表すように〟……などという戯言(たわごと)を言い出すとは思えないが、



「……国の方がまともでも、どこにだって馬鹿な事を考えるやつはいるからなぁ……」



 具体例に事欠かないのがテオドラムだ。(かつ)てのハーメッツ家、そして少し前のノーデン男爵と、頓珍漢(とんちんかん)な方向に暴走した安本丹(あんぽんたん)を輩出している。

 しかし……〝妙な事を考える貴族〟が、テオドラムの特産だと決まった訳ではない。



一国(マーカス)一国(ヴォルダバン)を相手取って……という事にはならないとしても、サガンの商人が少し忖度(そんたく)(わきま)えるぐらいは当然……などと考えられてもな……」

「面倒な話になってきたな……」

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