第三百一章 マーカス騒乱節 或いは 魔女の小鍋 8.二人目の顔見知り
(「おぃ、ちょっと待った」)
身バレの危険のあるニーダムを離れて、王都マイカールでそれとなく情報収集に当たっていたハンスたちであったが……この日ハンスと同行していたバートが小声で警告を発した。
(「……何か?」)
(「見てみな。あっちのお屋敷だ」)
然り気無く指し示した先を見ると、どこぞの貴族の屋敷に入って行く二人組の姿があった。
(「……スキットルだ。隣にいんなぁレンドとかいうやつだろう」)
(「え? ……あ、そう言えば……)
直接の面識が無いため直ぐには気付かなかったが、モニター画面で見た憶えがある。スキットルという死霊術師の冒険者に間違い無いようだ。
(「……ここへ来てるって事は、やっぱり例の噂絡みですかね?」)
(「さぁな。けど、とりあえずは引き上げるとしようぜ。何だかここも焦臭くなってきやがった」)
そのままこっそりと宿へ引き返し、居残りの仲間たちに報告したのだが、
「スキットルが?」
「あー……来てもおかしくは無いんですけど……来ちゃいましたか」
……やはり驚き呆れたような声が返って来た。今回はどうしてこう行く先々で、会いたくない顔見知りに出遭うのか。
「顔を合わせたくない面々が勢揃いって感じね」
「……ったく、こかぁ厄地かよ」
「とにかくご主人様に報告して指示を仰ごう」
……という事でクロウに報告が届いた訳なのであるが、
・・・・・・・・
『スキットルが?』
『あー……マナステラにしてみれば、お隣ですもんねぇ』
『そこで……「古代帝国の遺物」などというものが……見つかれば……』
『物見ぐらいは出すでしょうなぁ』
――とまぁ、スキットルのマーカス来訪も宜なるかなと受け止められたのだが、
『問題はこの後の対処じゃろう』
『直接のぉ、顔見知りじゃぁ、なぃけれどぉ』
『あまり顔を合わせたくない相手ではあるわよね……』
『どうしますか? 主様』
『いや、どうするかって言われてもな』
――遺憾ながら、ここは撤退を選ぶしか無いだろう。
『抑俺たちもノンヒュームも、別にマーカスに含むところがある訳じゃないからな』
クロウたちがマーカスの情勢を探っていたのは、テオドラムの動きを知るための諜報拠点と精霊門の候補地を探すためだ。別に何かの策源地として考えている訳ではないのだから、余計な面倒は起こさないに限る。
『まぁ、テオドラムの動向を探るのは、どこか他の場所か他の手立てを考えよう。懸案は精霊門の候補地だが……』
暫し考えていたクロウであったが、ここは単純な発想に従おうと決める。
精霊門の候補地として考えていた条件は、何より人が近寄らない事。幸か不幸か、レムダック家の調査隊がその適地を明らかにしてくれたが、その場所――モルヴァニアとの国境を成す丘陵地――は、今や話題の中心地と化して大賑わいである。
しかし「国境」と言うからには、モルヴァニア側にも丘陵地が広がっている訳だから、
『そっちの状況を下見してから考えよう。幾ら熱心な仮説信奉者でも、まさか勝手にモルヴァニア側を発掘したりはしないだろう』
何なら行きがけの駄賃として、同じ丘陵地で発掘現場から離れた場所を、密かに下見するのもいいだろう。




