第三百一章 マーカス騒乱節 或いは 魔女の小鍋 6.ハーコート卿、納得する
「ま、ちっと素性の怪しいもんはそこそこ出廻ってるみてぇだが、それくらいだな」
故買屋紛いの連中が、出所の不確かなものを曖昧に言い繕って売り付ける程度はあるようだが、〝贋作〟と言えるようなものは出廻っていないらしい。
「文字どおりの〝掘り出しもん〟はあるみてぇだけどな。ま、どっから〝掘り出して〟きたのか、知れたもんじゃねぇが」
「それは……少し気になる話だな」
〝掘り出し物〟というワードに心惹かれたハーコート卿であったが、目の前の男が処置無しとでも言いたげに首を竦めるのを見て、敢えて手を出すほどの品ではないらしいと判断する。玄人の助言には従うものだ。
「店の方も大変みてぇだぜ?」
「大変……?」
売買している物はアレなようだが、「古代遺物」とやらに目の色を変えた貴族たちによる、骨董特需で賑わっているのではないのか?
「確かに客は多いみてぇだが、その客だって何を探しゃいいのか解ってねぇんだからよ」
「な、成る程……」
何を探すべきかも理解していない客が、〝何となく古代帝国の遺物っぽいもの〟を出せと、高飛車に要求するらしい。
貴族としては〝餅は餅屋〟のつもりなのだろうが、抑どんな「餅」なのか、いやそれどころか本当に「餅」なのかすら判っていないのだ。要請を出された店の方だって困るだろう。
仕方が無いから、文字どおり〝何となく古代の遺物っぽいもの〟を出してお茶を濁しているらしい。幸か不幸か、その手の曖昧な古物はそれなりに潤沢にあるようだし、中には〝ドワーフやエルフの作に似ているが、実際にそうなのかどうかが曖昧〟というようなものも、時折混じるそうなのだが……肝心の買い手である貴族の方にも問題があった。
何しろ考古学の素養なんてものは欠片も持ち合わせていないから、地味な出土品には目もくれず、エキゾチックでエキセントリックな骨董品ばかりが売れてゆくらしい。
〝レムダック家の古代遺物〟の件もあるのだから、〝ノンヒュームの作風との類似性〟というのは重要なポイントのように思えるが、〝不出来〟とか〝地味〟とかいうワードは、それらの類似性を打ち負かして余りある欠点らしい。……少なくとも一部の貴族にとっては。
「……古代趣味なのか異国趣味なのか判らんな」
「ま、それでも一応上客にゃ違い無ぇんだ。おまけに相手はお貴族様ときてるからな。騙そうなんて危ねぇ橋は、店の方だって渡らねぇよ」
……出所素性の不確かなものを売り付けるのは、〝騙す〟のうちに入らないらしい。
売る前に〝出所素性の不確か〟な事を一言断っているのだから、寧ろ良心的なうちに入るようだ。まぁ、店の方としては〝良心〟と言うより、安全保障のための逃げ口上なのだろうが。
「ま、買った客がどうすんのかまでは知らねぇけどな」
店の方は素性不確かな物として売っただけ。買った客がそれを何と言って喧伝するのかまでは、店側も責任を負いかねるという事だろう。
抑、買いに来る客はあの「古代マーカス帝国」仮説を信じている者がほとんどなのだ。入手した〝素性不確かな〟〝古代の遺物っぽいもの〟を、何と言ってお披露目するかなど、改めて問うも愚かな話である。
斯くして、安堵したハーコート卿は男の家を辞したのであったが……別れ際に少し気になる話を耳打ちされた。
「古物繋がりで思い出したんだけどな、マナステラが絵描きを探してたって話があんぜ」
「絵描き……?」
「あぁ。どうも古物だか骨董だかの絵を描かせたいんじゃねぇかって話だった。その手のもんが得意な連中を捜してたみてぇだからな」
〝蛇の道は蛇〟というやつで、マナステラが「ノンヒューム美術品データベース事業」の一環として、挿絵を描かせる者を探していた件は、贋作師の間にも伝わっていたようだ。
「ほほぉ……」
「ほれ、少し前にバンクスの何とかいう旦那が、シャルド遺跡についての本を出しなすっただろ? あの本に載ってた挿絵、ああいぅもんをお望みなんじゃねぇか……って、仲間内で噂してたんだけどな」
「……ありがとう。憶えておこう」




