第三百一章 マーカス騒乱節 或いは 魔女の小鍋 2.ヤルタ教の蠢動
さて――首尾好くヤルタ教の冒険者をやり過ごしたのは結構だが、
(「問題は、あいつが出て来た店だよな」)
(「僕たちが行こうとしてた骨董商ですよね」)
このところ、マーカス全土に時ならぬ骨董熱が湧き起こっており、店を訪れる客も増えてきている。それはまぁいいのだが……
(「何でヤルタ教の冒険者なんぞが、マーカスの骨董屋を訪ねてたんだ?」)
(「個人的にそっちの趣味があるとか?」)
(「いや、そんな噂は聞いた事が無いんだが……」)
本人の趣味嗜好でないとしたら、誰かしらの依頼を受けての行動という事になる。その場合、有力な容疑者の一人がヤルタ教という事になる。では、ヤルタ教は如何なる意図を持って、配下の冒険者を骨董店になど派遣したのか? それも、今この時期のマーカスで。
(「……マーカスの貴族が、骨董を買い漁ってるって話だったよな?」)
(「そんな噂でしたね……ヤルタ教も同じ理由なんでしょうか?」)
(「さてな。ヤルタ教が『古代マーカス帝国』――そういう名前で呼ばれているらしい――に関心を持つとも思えんが……」)
(「単純に考えるなら、マーカス貴族への手土産じゃないでしょうか?」)
(「しかし、そうするとヤルタ教は従来の方針を転換して、貴族へ接近する手を選んだという事になるが?」)
〝庶民に寄り添うヤルタ教〟のキャッチフレーズの下、庶民の間に浸透するのを基本方針としていた筈が、ここへ来て方針を転換したのはどうしてか?
(「……信者獲得が狙いじゃない――とか?」)
(「貴族とのコネクション作りが狙いだと?」)
何はともあれ斯うしていても始まらないという事で、思い切って件の店に入ってみる事にする。ハンスは歴史道楽の勘当息子という設定だし、骨董屋を訪れてもおかしくはないだろう。
そんな思惑と算段を胸に店へ入った二人は、主にハンスの話術と社交術によって、店の親爺から色々と面白い話を聞く事ができた。
このところ貴族やその使いと覚しき連中が、三日に上げず店にやって来る――とか、
その連中も何を探しているのか自信と自覚が無いようで、目に付いたものを適当に買って帰るので、店浚えに持って来いで助かっている――とか、
最近はそんな品ですら少なくなり、失意のうちに手ぶらで帰る者も増えてきた――とか。
「……そう言えばついさっき店の前で、妙に沈んだ感じの人と擦れ違いましたっけ。けど、どう見ても貴族の使いには見えませんでしたが?」
「あー……依頼を受けて物色に来た冒険者だって言ってたな。本人は」
「冒険者……へぇぇ」
「あぁ。この手のものを探すってのに、冒険者に頼るってのもおかしな話だ。況して、そいつがまるっきり見る目を持ってねぇとくりゃ尚更だわな」
「……見る目が無かったんですか?」
「そりゃあな。俺が卓の端に置きっぱにしてたカップを見て、いつの時代ものか――なんて訊ねてりゃあな」
「うわぁ……」
「そんなド素人を使いに選んだって事ぁ、本人の技倆とかじゃねぇ別の理由があったって事だ。……馴染みだとか、柵だとかな」
「ははぁ……」
「妙に摺れてねぇところがあったから、ありゃどっかのお抱えなんだろうな。けど貴族なら、抱えるにしてももちっとマシなやつを選ぶだろうから、抱えた理由も縁故絡みってとこだろうよ。
「貴族がそこまで冒険者との縁を重視するとも思えんし、商人なら使えねぇやつはさっさと切り捨てるだろう。残ったなぁ宗教絡み……何かと噂のヤルタ教ってとこじゃねぇか?」
「ははぁ……」
「で――こんな話が聞きたけりゃ、もちっと縁を深めてもいいんじゃねぇか? お互いに――と」
「そうですね……それじゃそこの短剣の柄。肝心の刀身は無くなってるけど、細工から見てラス地方のものですよね?」
「お、目が高いねぇ。まぁちっと傷が入っちゃいるが、造りは確りしてるから、ちょいと手直しすりゃ見違えるようになるぜ?」
「その〝手直し〟に、どれくらいかかるかですよね。……こんなもんで?」
「いやいや、そりゃちょっと阿漕ってもんじゃねぇか? せめてこんくれぇは貰わねぇと」
「それじゃ肝心の〝手直し代〟が残りませんよ。……これくらいで」
「いやいや……」
「いやいや……」




