挿 話 王国欠き氷事始め 3.ベルフォール「比較文化史学」講義(その1)
その日、〝本日の講義は屋外で始める〟――などと酔狂にも言い出した教官を、生徒たちは信じられないような思いで凝視していたが、
「ブツクサ言わずに疾っとと行くぞ」
……などと駄目押しされては嫌も応も無い。ノロノロと校舎の外へ、言い換えると〝ジリジリと暑い日射しの照りつける〟外へと出て行った。
教官は一体何のつもりだ? エルフは暑さを感じないのか?
……などと怨みがましく考えていた受講生たちであったが、それもベルフォールがマジックバッグから、それを取り出すまでであった。
「一人一口ずつ食べて構わんが、その前にまずじっくりと見分するように」
そう言って取り出された《・・》「欠き氷」を、受講生たちは信じられぬ思いで見つめていた。
今月の初日から王都限定で試験販売が始まったというあの「欠き氷」である。値段自体はそこまで高くないものの、否――高くないからこそ老若男女・貴賤上下の区別無く購買客が殺到し、入手どころか目にする事が出来たら幸運の極み……などと言われているあの「欠き氷」である。
それを、人数の限られた受講生相手とは言え、授業中に堂々と食せる日が来ようとは。
――この日この瞬間、教官ベルフォールの支持率は最高値を記録した。
ジリジリと照り付ける暑い日射しさえ、欠き氷の口果報を際立たせるスパイスに思えたその至福の時も終わり、未だ余韻に浸っている生徒たちに向かって、ベルフォールは改めて口を開く。
「暑気払いの有難味を理解したところで、教室に戻って授業の続きだ。……おい、いい加減に戻って来い」
・・・・・・・・
心身共に教室に戻って来た受講生たちに向かって、ベルフォールは徐に講義の内容を告げる。今回は「冷菓」についてであると。
「イラストリアの諸君にとっては〝聖人に説法〟かもしれんが、認識の摺り合わせだと思って聞いてくれ」
――そう前置きしてベルフォールは、コールドドリンクを嚆矢とした冷菓の〝歴史〟について簡単に触れていった。イラストリアの生徒たちには既知の話であったが、それでもシアカスターから始まった去年の「冷菓戦線」の詳細などは初耳だった者も多かったし、況してアナスタシア王女とお付きのリッカにとっては耳新しい話ばかりである。全身これ耳という体で謹聴したのも宜なるかな。
「……形態的に見ると、今年御目見得の『欠き氷』は、去年の『雪菓子』と同じ系列になる。ただし、『雪菓子』が魔術によって作られていたのに対して、『欠き氷』は何らかの非魔術的な手段で作る事によって、量産と低価格化に成功したと考えられる。まぁ、その過程で『雪菓子』のフワフワ感は目減りしたようだが」
受講生に「雪菓子」を実食した者はいなかったが、ただの雪を食した事なら誰もがある。それと先程の欠き氷の舌触りとを較べてみれば、ベルフォールの指摘にもなっとくできた。まぁ尤も同じベルフォールの、
「ただ――『欠き氷機』の改良によって、遠からずこの欠点が克服される可能性も充分以上にある」
――という発言にも物凄く納得できたのであるが。
生徒全員が雪のフワフワ感に思いを馳せているタイミングで、ベルフォールはそれまでの話を一旦打ち切って、話題と視点の転換を図る。
「話は少し変わるが……こういった冷菓、それも一般市民に手が届くようなものの普及は、恐らくは歴史上初めての事であると考えられる。ここイラストリアでそれが成し遂げられた理由について、何か意見のある者は?」
教室内を見廻すベルフォールの視線を受け、互いに顔を見合わせていた生徒の中から、一人が怖ず怖ずと発言する。それはノンヒュームの存在が大きいのではないかと。
ベルフォールは大きく頷いてその回答を是とした上で、立地条件の寄与を忘れるべきではないと付け足した。
「「「「「――立地条件?」」」」」
「そのとおり。夏に冷たいものを欲する程度に暑く、冬に雪や氷を確保できる程度に寒い。そういう気候条件でなくては、市民層における冷菓の普及はあり得なかっただろう」
ここでベルフォールは頭を巡らせると、モルファン王女アナスタシアに話を振った。北国モルファンでは冷菓の普及は難しいのではないのかと。
「先生のお言葉どおりですね。モルファンでは夏もそこまで暑くないため、冷菓による暑気払いなどは考えられません。……単に嗜好品の一つとしてなら、受け容れられるかもしれませんが」




