挿 話 王国欠き氷事始め 1.舞台裏七転八倒(その1)
八月の初日、王都イラストリアの国務庁舎の一室では……
「お、おぃ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「……打てる手は全て打ち尽くした。あとは神のご気分にお任せするだけだ」
「そうだな……」
「フローズン・フルーツの件が先送りにされただけでも幸運だった。今はそう思うしか無いだろう」
「そうだな……」
曰く言い難い緊迫感の中、〝人事を尽くして天命を待つ〟を地で行くような会話を交わしているのは、イラストリア王国商務部の面々である。
胃の痛くなるような想いをして彼らがじっと待っているのは、この日から試験的に販売開始となる欠き氷、その販売の開始である。
思い返せば昨年の夏、カットフルーツと搗ち割り氷によって火蓋を切られた冷菓戦線では、王都周辺の都市を幾つか巻き込んで、てんやわんやの大商戦となったのだ。それに巻き込まれて死にそうな思いをした記憶も未だ冷めやらぬ頃に、ノンヒュームが持ち込んだ爆弾があの「欠き氷機」であった。
ノンヒュームは冷菓戦線の更なる過熱・拡大を望むのかと戦々兢々としたものだったが、さすがに彼らもそこまでの事態は望んでおらず、寧ろ騒ぎの鎮静化……と言うか、コントロールを狙っての事であったのには胸を撫で下ろした。下手に扱うと特大の火種・厄種となりかねない「欠き氷機」の扱いを、国と商業ギルド・酒造ギルドに任せると言ってきたのである。……まぁ、面倒をこっちに丸投げして、一抜けを図ったとも言えるのだが。
ともあれ、国と商業ギルド・酒造ギルドが手を結ぶ事で、氷の生産態勢拡充をも含めた欠き氷お披露目のロードマップが整えられた。
……少なくとも、当初はそう思い込んでいた。
計画の手抜かりが露わになったのは先々月の事である。いや、〝手抜かり〟と言うほど大きなものではなかったが、一つ一つは小さな齟齬が幾つか見つかったのである。
ただ――それらが幾重にも重なった結果、今では冷菓戦線の維持に黄信号が灯っているのも事実なのであった。
最初に見つかった綻びは、関係各位の間で「氷」の利用先が微妙に食い違っていた事である。
ここで言う「氷」には二種類あって、一つは王国が冬の間に掻き集めた雪や氷に由来するもの、もう一つはギルドお抱えの氷魔術師に作らせたものである。
王国と酒造ギルドの方では、冬に集めた雪氷は酒や食物を冷やす媒体であると認識していたが、商業ギルドはそれも欠き氷の原料にカウントしていたのだ。
結果として両者の需給予測は、微妙に食い違ったものとなる。有り体に言えば、この手の問題のプロである筈の商業ギルドの需給予測が、甘さを含んだものとなっていた訳だ。
問題の所在が明らかになった時、関係者は軽く青褪めたが、何分今回は初めての事だし、試験的な限定販売の体を取れば何とかなるだろう、場合によっては氷室の雪氷を供給する事も視野に入れる……という事で話は収まりそうになった。
――この件を知って噛み付いてきたのが医療院である。
氷室に集めた雪と氷は、食材を冷やすのに使うと言うからOKを出したのだ。それ自体を口にするなど聞いていない。もしも食中毒が増発した場合、医療院としては責任を負いかねる、その用意もしていない。そっちで対応できるんだろうな?
そう凄まれて青くなったのが商業ギルドと酒造ギルドである。
何しろ今回の計画では、〝王国は「欠き氷機」の製造権と使用権を両ギルドに提供し、両ギルドは「欠き氷機」を特定の業者に貸与し、「欠き氷」の販売に当たらせる〟――となっている。言い換えると、「欠き氷」の販売に伴う事案は、最終的にはギルドが責任を負う事になる。
……なのだが、食中毒の可能性などまるで考慮もしていなかった。と言うか、医療院に任せればいいと思っていた。なのにその医療院が協力を拒否したのだから、そりゃ青くなるのも道理である。
何とか医療院に泣き付いて知恵を授けてもらった結果、可否については責任を負いかねるが、雪氷に【浄化】をかければ何とかなるかもしれない、それに関する試験だけはやってみようとの言質を引き出した。




