第三百章 新任助祭の奮闘~マーカス篇~ 8.テオドラム(その2)
テオドラムとマーカスの国境地下に出現したダンジョンが「災厄の岩窟」という悪名で呼ばれるようになったのは、出所素性の怪しい金の存在によって、近隣各国をあわや大戦に巻き込みかけたのが原因である。言い換えるなら、「災厄の岩窟」には出所の不明――地質学的には金鉱脈は存在しない筈――な金鉱(仮)がある。
その出所を説明するものとして砂金鉱床説が脚光を浴びたのだが……
「ここへ来て『謎の古代帝国』などというものが出て来た訳か……」
厄介な事にこの古代帝国説は、先の砂金鉱床説と背反しない。つまり、〝謎の古代帝国の繁栄を支えたのは、地下の砂金鉱床であった〟という説明も付けられるのだ。
「それどころか、一頃世間を騒がせた『ミドの王国』説が、又候息を吹き返しそうな按排だぞ」
「考古学的な事実はどうあれ、どちらも〝古代の国〟に関わっているからな……ネタの親和性が高いのも宜なるかなだろう」
「古代帝国とやらの範囲にイラストリアを加えれば、シャルドの遺跡までネタとして取り込めそうだからな……」
古今東西、スケールの雄大な話というのは、それだけで人を惹き付ける。それが太古の昔であって、今の国際関係に何の影響も及ぼさない、言うなれば安全な話となれば猶更の事。誰憚る事も無く、知的な――或いは痴的な――論争に打ち興じる事ができるというものではないか。
悪い事に、マーカス国民の大半は、この話を与太噺として楽しんでいるらしい。俗に〝瓦版は話三分〟などと云うが、七分までが事実でないとしても、それを愉快な法螺噺として面白がっている節がある。
つまり……幾ら仮説の矛盾だの誤謬だのを論じ立てても、それで話題性が損なわれる事は期待できない。面白ければそれでいいではないか――というのが支配的な空気のようだ。
「……いや、確かに話としては面白いし、それを否定する気も無いんだが……」
「問題はこの与太噺が、不可避的に『災厄の岩窟』と結び付けられる事だろう」
「確かにな」
「全く……何でこんな事に……」
面倒話を追い払ったと思ったら、それが盛大な熨斗を付けて突き返されて来たのだ。嗚呼、この世には神も仏もいないのか。
「いや、神ならいるだろう。少なくとも悪意を持った神が」
「うむ。今日ほど神の存在を身近に感じた事は無いな」
「止さんか、不謹慎な」
鬱々と毒を吐く同僚――特に名を秘す――を窘めはしたものの、内心ではその意見に与したいのが本音である。ただ、今はそれより優先すべき事がある。
そして……一同揃って怨嗟の声を上げているものの、実はこの件でテオドラムが直接に被る面倒は大きくない。どちらかと言えば、表に出せない砂金鉱床を抱えているマーカスの方が深刻であろう。テオドラムは、そんなマーカスとの関係が抜き差しならぬものになるのを、心底から懸念しているだけだ。
まぁ、マーカスの砂金鉱床の件が表沙汰になった場合、同じ「災厄の岩窟」を共有している――註.世間の見方――テオドラムも、マーカスと同じ穴の狢扱いを受けるだろうが。
ともあれ、そういう事情に鑑みると、
「……あまり薦められた話ではないが、単にマーカス本国から注意を逸らさせるだけというなら、採り得る手段が無い訳ではない」
これも心底気が進まないという表情で、ラクスマン農務卿がそんな事を言い出したものだから、一同の目は揃って農務卿に向けられた。八方塞がりに膠着している事態を動かす手があるというのなら、何でもいいから疾っ疾と話せ。
「本当に気が進まんのだが……件の仮説では、古代帝国が滅びた後、その民は戦火を避けて地方に逃れたという事になっていた筈だ」
「……それがどうしたと?」
「即ち――古代帝国の遺産は帝国の中心部ではなく、当時の辺境に運ばれ伝えられた……というのが話の骨子なのだろう?」
「それがどうし……いや、待ってくれ……?」
何かに気付いたらしき国務卿たちが、ザワリと身動ぎを始めるのを見て、農務卿は話を続ける。
「そう。その〝辺境〟というのがイラストリアのシャルドであり、不本意ながら『災厄の岩窟』であったとしたら? 最近発見されたという、マナステラの遺跡もそれに入れていいかもしれんな」
「それは……」
「ラクスマン卿……何を言いたいのだ?」
「簡単な事だ。古代帝国の遺宝はマーカスではなくその周辺の国々……イラストリア、マナステラ、モルヴァニア……そして我が国にこそ埋まっている。そう囁いてみるのはどうかと言っているのだよ」




