第三百章 新任助祭の奮闘~マーカス篇~ 3.霊感師のお告げ(その2)
(あんな代物を見せられちゃあなぁ……信じたくなるのも無理ないか……)
当の霊感師が自説の証拠だと大見得切って持ち出したのは、古色を帯びた酒盃。一見するとノンヒュームの手になるものかと思われたが、じっくりと見てみればそうではなく、どうやらノンヒュームの作風を真似て、或いは取り入れて作ったもののようだ。
――そして、この酒盃の特色はそれだけではなかった。
それなりに目利きであると自負しているレムダック卿も、嘗て見た事が無い作風であったのだ。
無論、贋造品でも盗品でもなく、それどころか商業ギルドの取引記録にも載っていない代物であった。……言い換えると、これまで表に現れた事の無い、いやさ噂にすら上った事の無い、まっさらなウブ出しの逸品が現れたという事である。
……それはつまりこの酒盃が、詐欺や騙りのためにどこかから調達されてきたのではないという事を強く示唆している。言い換えると、霊感師の言うように〝未知の古代遺跡からの出土品〟である可能性が飛躍的に高まったという事であり……
(……〝未知の古代遺跡〟の存在が、否定できなくなったという事なんだよなぁ……)
マクリーヴとしてもその点を認めるに吝かではないのだが、しかしそれでも、件の霊感師の言い分を、頭から鵜呑みにするのは躊躇われた。
それというのも……
(何だかなぁ……どうにも出来過ぎの観があるんだよなぁ……)
降って湧いた探索特需に迎合するかのようなタイミングで、マーカス貴族の機微を擽るかのような「仮説」が、それも非の打ち所の無い「証拠」を添えた上で、それを最も望むであろう「顧客」の前に突如として提供されたという事になる。
……成る程、「証拠」の妥当性を抜きにして考えれば、眉に唾付けたくなる話である。マクリーヴの目から見てもあからさまに胡散臭いのだが、念の入った事に件の「仮説」というものが、マーカスの貴族なら思わず信じ込みたくなるような内容だときている。実際にレムダック家ご一統の琴線には触れたようだし。
(まぁこの手の話は、刺さるやつにはとことんぶっ刺さるからなぁ……)
傍目八目で傍から見れば、そこに作為の痕跡を読み取る事ができるだろう……マクリーヴのように、経験と訓練を積んだ者であれば。
しかし――
(偽伝の本質は、読者が〝こうあってほしい〟と望む〝解り易い〟世界の演出にあるっていうからなぁ……)
マクリーヴのように、謂わば色眼鏡をかけた状態で脇から眺めていれば、事態の怪しさも見えてくるのだが……〝一介の冒険者〟を標榜しているマクリーヴが、この場でそれを指摘するというのもおかしな話である。
それに何より、仮にマクリーヴが批判の声を上げたとしても、当のレムダック卿たちがそれを信じないだろう事が予想できる。なら、余計な真似はしないに限る。不興を買うだけ損ではないか。
(それに……この件が僕の「本筋」に絡んでくるかどうかは怪しいけど、タイミング的に全くの無関係とも思えないんだよなぁ……)
・・・・・・・・・・
――マクリーヴの山勘は当たって……いや、〝当たらずとも遠からず〟といったところだろうか。
この怪しい霊感師は、マクリーヴを悩ませている〝テオドラム・マーカス・マナステラの三国が関わっている、ダンジョンと黄金に纏わる与太噺の真偽〟とは何の関連も無かったのだが……その更に深い部分で、元凶とは浅からぬ因縁があったのだ。
仮にであるが、もしもクロウがこの場に居合わせて件の酒盃を目にしていたら、その目と口をかっ開いて呆然としたかもしれぬ。
何となればその酒盃とは、クロウの指示で「間の幻郷」にドロップさせたサルベージ品の一つであり、〝エメンとハンスがお手本にした、ノンヒュームの作風を導入した習作〟であったのだから。
【参考文献】斎藤光政(2019)「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」 集英社文庫.463pp.




