第三百章 新任助祭の奮闘~マーカス篇~ 1.軽い気の迷いから
究極の上司であるボッカ一世直々の命を受けて、〝テオドラム・マーカス・マナステラの三国が関わっている、ダンジョンと黄金に纏わる与太噺の真偽を探る〟羽目になったヤルタ教のマクリーヴ助祭は、イラストリアのサウランドを発った後、経費節減のために涙ぐましくも徒歩での移動を続け、単身国境を越えてマーカスに入っていた。
マクリーヴ自身は特段マーカスに用事は無く、目指すは飽くまでマナステラなのだが、サウランドからマナステラへ向かうのには、一旦マーカスに入るのが手早いのである。
あとはまぁ……各地各国の密偵が結集しているイラストリアを通るのは遠慮したいという事もあった。一応冒険者に身を窶してはいるが、どこの誰にどう面が割れているのかなど判らないのだ。危険な場所は避けるのが、情報職の心構えというものである。
ニーダムの状況観察を目立たない程度に済ませると、マクリーヴはマーカスの王都マイカールを目指した。人の流れ的にそうするのが自然だという事もあるが、折角マーカスまで足を伸ばした以上、王都の様子を探っておきたいという思いもあった。
そして……その結果としてマクリーヴは、些か奇妙な――ぶっちゃけて言えば卦体な――事態に巻き込まれる事と相成った。
……それは、マクリーヴが王都の冒険者ギルドに――情報収集のため――顔を出した事から始まった。
「貴族の護衛依頼? ……はてね?」
一応は冒険者に身を窶してはいるが、それは飽くまで世を忍ぶ仮の姿。依頼を受ける必要など無いのであるが、それでもなおマクリーヴが興味を引かれたのには理由があった。
「貴族主催の学術調査に護衛が必要なのは解るが……何でこんなに多いんだ?」
言うまでも無くこれは、マーカスのお調子貴族レムダック卿が引き起こした、時ならぬ遺跡探索熱のせいなのであるが……神でもマーカスの貴族でもないマクリーヴに、そんな裏事情が解る訳も無い。盛大に首を捻ったものの、それとなく耳を澄ませていた甲斐あって、どうやら件の〝学術調査〟というものが、古代遺跡の探索らしいと察する事ができた。
――それなら話は別である。
マクリーヴが受けた密命は、〝テオドラム・マーカス・マナステラの三国が関わっている、ダンジョンと黄金に纏わる与太噺の真偽を探れ〟というものであった。護衛依頼と学術調査のどちらの内容にも、「ダンジョン」或いは「黄金」というキーワードは出て来ないが、その代わりに浮かんで来た「古代遺跡」という単語は、「ダンジョン」や「財宝」といったパワーワードと無関係ではない。いや寧ろ――
(時期的な暗合を考えると、無関係だと安直に切り捨てるのも何だかなぁ……)
一路マナステラへ赴いて、新発見の古代遺跡とやらの様子を探るつもりでいたのだが……ここでこうして新たなネタに出会したからには、このネタを追ってみるのも一興だろう。何、どうせマナステラの古代遺跡とやらは、別に逃げ出したりはしないのだ……多分。
――という判断の下マクリーヴは、ギルドに出されていた護衛依頼の一つを手に取った。
(ふぅん……レムダックとかいう貴族の肝煎りか。場所は……ありゃ、マーカスの南部を調査するってなってるな)
マーカスの様子を少し探った後、北上してマナステラへ行くつもりであったのが、逆に南下する事になりそうだと知って、マクリーヴは渋い表情を浮かべる。
が……
(けど……一旦決めた事を早々に反故にするっていうのも、何だか気分が悪いしな。少しくらい遠廻りになっても構やしないだろう)




