第二百九十九章 コン・ゲーム~始動~ 9.再びモルファン情報部(その1)
「贋金だと?」
妙なタイミングで瓢箪から駒が飛び出したような話を聞かされて、モルファン情報部のチーフは何とも言えない表情を浮かべたが……無理もないな、と報告者は内心で共感を覚えていた。他ならぬこの自分が、最初に報告を受けた時には何かの間違いではないかと思って、またしても二度三度と話を聞き直したくらいなのだ。
だが、どんなに可怪しな話に聞こえても、内容そのものは事実なのだ。
「贋金です。テオドラムが証文の代価として支払った新金貨の中に、一枚の贋金が混じっていたそうです」
情報を寄越したのは、前回に続いてアムルファンの商業ギルド――に潜り込んでいるエージェント――である。
証文の代金で俄成金となった、オッド扮するところの異国の商人。その懐中から金銭をせしめようとしたアムルファンの商人たちが、幾つかの物品を売りつけるのに成功した。そこまではいい。
ただ、オッドが取り出した〝証文の代金〟が、アムルファンでは悪名高いテオドラムの新金貨であった事から、アムルファン商人たちの間に緊張が走った。
とりあえずは柔やかに問題無さげに受け取って、然る後にこっそり品位を確認したところが、
「うち一枚が真っ赤な贋金だった――と?」
「そういう事です」
件の贋金事件について、テオドラムは概ね沈黙を守っているが、唯一つ〝テオドラムが保有する新金貨に贋金は混じっていない〟との声明を出している。恐らくは抜き取り検査か何かを行なって、混入していた贋金を取り除いたと確信し、声明を出すに至ったのだろうが……今回の贋金発見によって、抜き取り検査の信用性に再び疑問が生じた訳だ。
「アムルファンはその事をテオドラムに伝えたのか?」
「一応伝えたようです。尤もテオドラムからの返答は、今に至るも無いようですが」
「ふむ……」
「ちなみに、異国からやって来たという商人ですが、テオドラムから支払われた代金の一部を、アムルファン商業ギルドに預託していったそうです」
「何……?」
「そちらの預託金の中からも、贋金貨は発見されませんでした」
「ちょっと待て……」
意表を衝いた話を聞かされて、チーフの男は当惑の色を浮かべた。
経緯について能く解らない部分はあるが、とりあえず……
「まず一つ。サンプル数を多くしても、贋金貨は追加で発見されなかったと言うんだな?」
「はい」
昨年の贋金貨騒ぎの時は、テオドラムが持ち込んだ金貨の悉くが贋金であったと聞いた。なのに今回は一枚だけ。この違いは一体何に起因する?
「……何かの手違いで、少数が紛れ込んだという事でしょうか?」
「その〝手違い〟というのがどういうものかが問題だな」
前回と今回の違いと言えば、まずは発見された贋金貨の数だろう。前回と違い、今回は一枚だけしか確認されていない。故に、これは贋金造りの仕込みではなく、何かの〝手違い〟で混入したという推測が成り立つ訳だが……
(……〝手違い〟ではなく〝故意〟という可能性も、考えられなくはないか……)




