第二百九十九章 コン・ゲーム~始動~ 7.クロウ陣営(その2)
旧ハーメッツ家は領地経営の非才を以て――滅亡後の今も――知られているが、それでも代々の当主が手を拱いていた訳ではない。実を結ぶ事が無かったとは言え、金策自体は色々と試していたらしい。例えば、ワイン醸造を念頭に置いた葡萄園の経営とか。
当時この地を席捲した虫害によって大打撃を受け、今は細々と生き残っているだけなのだが……
『生育実績のあるブドウの苗と、その害虫個体群が手に入ったのは大きい』
何かの弾みでブドウの苗木が必要になるかもしれないし、それ以上に、嘗て多くの葡萄園を廃絶に追い込んだ害虫を確保できた事で、嫌がらせの手札が一枚増えた訳だ。まぁ、現在のテオドラムは国是として小麦の大規模栽培に舵を切っているため、出番が来るかどうかは怪しいが……それでも手札として持っている事で、「災厄の主」としての選択肢が増える。
(『いや……俺のジョブは「ダンジョンロード」の筈なんだが……』)
若干の屈託を覚えはしたが、何であれ手札が増えるのは喜ばしい。クロウとしてはオッドの手腕を称賛するに吝かではない。
これが単なる偶然で手に入ったというのなら、クロウもここまで称賛はしなかっただろうが、オッドがこのブドウと害虫の存在に辿り着いたのは、推理と考察の結果であった。日本では物書きとして生計を得ている黒烏先生こと烏丸良志としてみれば、これは大いに称賛せざるを得ない。
――その経緯はこういうものであった。
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オッドが最初に覚えたのは、小さな引っ掛かりである。
本来の契約者は、なぜこの取引に同意したのか?
抑この土地取引は、最初は土地を担保に金を貸すというものであったようだ。期限までに借金の返済が叶わなかったので、担保としていた土地を譲渡する……という事になったらしい。
問題の証文が沈没船から回収されたものなので、本来の契約者がどこの誰だったのかは皆目不明である。それこそ――オッドが詐称しているように――他大陸の商人だった可能性すら捨てきれない。
だがしかし――と、オッドは考える。
もしもこの物好きな契約者が他大陸の住人であったとしたら、こちらの大陸に土地を得るのがどういう利益となるのか。直ぐに利用する、或いは転売する当てがあったというならともかく、そうでないなら土地の管理を誰かに任せる必要がある筈。購入した筈の土地が、いつのまにか他の誰かに二重売買されていた……なんて事になったら面倒ではないか。苟も商人を名告る者が、そんなリスクを背負い込むだろうか?
そして――直ぐに転売する予定があったというなら、その相手はどこの住人なのか? もしもそれが他大陸の住人であったとしたら、先の疑問は相手を変えて蒸し返されるだけだ。一方でこちらの大陸の住人であったとしたら、証文が海に沈んでいた事の説明が難しくなる。考えられるのは、予定していた転売契約が、何かの理由でフイになったという場合だが……
(……他に考えられる説明は無いのか?)
ここでオッドは、契約者がこの大陸の、それも遠からぬ土地の住人だった場合を考えてみた。
もしも近在の商人だったとしたら、借金主たるハーメッツ卿と知り合う機会はあった筈。この点の説明は簡単になる。
しかしその一方で、近在の商人であればハーメッツ家のいい加減さ・だらしなさについても熟知していた筈。それでいてなお貸すくらいだから、相当に博奕好きな性格をしていたと見てもおかしくない。
或いは、返済が望めない事を承知の上で、土地を取り上げるのが目的だったか?




