第二百九十九章 コン・ゲーム~始動~ 5.モルファン情報部
「百年前の土地証文? 何だそりゃ?」
アムルファンから上がって来たという珍報告を聞かされて、モルファン情報部のチーフは戸惑いの声を上げたが……無理もないな、と報告者は内心で共感を覚えていた。他ならぬこの自分が、最初に報告を受けた時には何かの芝居の宣伝かと思って、二度三度と話を聞き直したくらいなのだ。まぁ、それは情報を寄越してくれた、アムルファン側も同じのようであったが。
しかしとにかく担当者としては、上司に報告しないと話が終わらない。なので懇切丁寧に、内容を噛み砕いて説明したのだが、
「経緯については理解したが……何かこう、すんなりと納得できんものがあるな」
「はぁ……」
それについては全身全霊傾けて同意を表したい。
タイミングができ過ぎているとか嵌まり過ぎているとかではないが、何と言うか情報職員として……半端に出来の良い芝居を見せられているような、そんな感じが拭えないのだ。なのに、話の整合性という意味では、どこにも作為は見つけられない。
――こういうのを世間では、〝事実は小説より奇なり〟と評するらしい。
しかしながら、どれだけドラマチックで感動的な展開を前にしても、一度は疑ってかかるのが、情報職の心構えであり矜恃である。
「在り来りな疑問だが……詐欺という可能性は無いのか?」
「そこはアムルファンの商業ギルドも念を入れたようです。【鑑定】やら検査やらを動員して調べたそうですが、証文そのものに疑わしい点は見出せなかったとか」
「となると、証文および取引自体は確かなものか……」
「申請者からは、問題の証文が入っていたという箱……手文庫のようなものだと思われますが、それも併せて提出されたので、こちらも念入りに検査したそうですが」
「疑わしい点は見られなかった――と」
担当者は〝はい〟と頷いて話を続ける。
「申請者自身も話に聞いただけだそうですが……何でも海上を手文庫のようなものが漂っていたのを、どこぞの船員が拾い上げたらしいです。素人目にも凝った細工で値打ち物に見えたんでしょうが、箱にはガッチリと保護の魔法が掛けられていて、開けるのは疎か壊す事もできなかったとか」
「拾った者としては当てが外れたろうな」
「なので、ただ凝った細工の置物として人の手を転々とした挙げ句、申請者の手に入ったようです。検査を担当した者の話では、保護の魔法のせいか劣化は進んでいないが、古いものなのは確かだとか」
「うむ……証文と箱の双方が、贋作の可能性を排除する訳か……」
「そうなります」
こういう場合に疑われるのは申請者の有資格性であるが、今回は当の申請者自身が、本来的な意味での有資格者ではないと申告している。一応は係累を探したのだが見つからなかった――というのが申請者の弁であるが、これを確認する術は無い。何しろ申請者が聞き及んだところでは、どことも知れぬ海上を、ただ箱だけが漂っていたというのだ。そこに手懸かりなどという、気の利いたものは無い。
保護の魔法が切れたかして箱の蓋が開き、中の証文を検める事はできたが、その証文にも借り手と貸し手の名前が書いてあるだけで、在所に関する情報は無かった。
証文が書かれた当時ならいざ知らず、今となっては探そうにも手懸かりがほとんど無く、探しあぐねたという事らしい。
「捜索のノウハウも無い素人なら、それも無理ないところでしょう」
「だからと言って、こっちが代わりに確認してやる理由も無いしな」
後日になって係累を自称する者が現れたとしても、そこから先は申請者と係累の間で協議すべき事であって、モルファンは素よりアムルファンもテオドラムも関与する立場には無い。
となると、申請者の有資格性が改めて問題になる訳だが、
「こういうケースだと、件の証文は遺失物……と言うか、無主物として扱うのが妥当と思われます」
「喪失から百年余り経ってるからな……」
「そうなると、証文に記載されている契約が有効な以上、その契約は証文の所有者に引き継がれるのが慣例です。……申し添えておきますと、これはアムルファンに限らず、我が国も含めた各国の慣例に照らし合わせても同じです」
「申請者が権利を主張する根拠はある訳か……」
暫し考え込んでいたチーフであったが、稍して徐に顔を上げると、モルファン王国として最も気になる問いを放つ。
「で――そいつは土地を手に入れるつもりでいるのか?」
モルファンと国土を接していないテオドラムは、直接にはモルファンの国益と競合する事は無い。しかしその一方で、テオドラムは近隣国家に見境無く喧嘩を売っているような感があり、国際情勢不安定化の筆頭要因に挙げられている。好ましからざる国であるのは間違い無い。
しかし、モルファンと国土を接していない事から、あの国に直接監視や工作の手を伸ばすのが――少しだけ――面倒になっているのも事実。もしもテオドラムの国内に拠点を確保できる見込みが少しでもあるのなら、モルファンとしても参加するに吝かでないのではないか?
「いえ。我々としては残念ですが、まずはテオドラムの意向を確認する事にしたようです。元々の取引相手は舞台から消えていますし、その後を継いだテオドラムに話を持って行くのは、まぁ手堅いと言えば手堅い判断かと」
「ふむ……それに対してテオドラムはどう出ると思う?」
「証文の買い取りを拒むようなら、代わりに買い取りを申し出る者に不自由はしないでしょう。テオドラムもそれは解っているでしょうから、少なくとも前向きに検討するのではないかと。あとは具体的な条件次第でしょうが……」
「が――?」
「申請者の男は欲を掻く気は無いらしく、控え目な値段を申し出ているようですから、そのまま話が纏まるのではないかと」
元々棚牡丹同然で手に入った債権である。換金できれば儲けもの――ぐらいに考えているとすれば、額面価格を大幅に割り込んだ値を申し出てもおかしくは無い。それならテオドラムも取引に応じるだろう。
「テオドラムが取引に応じるのには、もう一つの理由があるかもしれません」
片眉を上げて先を促すチーフに、報告担当者は一つの可能性を口にする。
「例の贋金疑惑以来、塩漬け同然になっている新金貨。決済にあれを使う可能性があります」
「テオドラムにとってみれば、新金貨に信用を付ける好機だという事か」




