第二百九十九章 コン・ゲーム~始動~ 4.テオドラム~青天の隕石(メテオ)~(その3)
「そこから先は私が話そう」
虚を衝かれたように黙り込んだ一同を眺めつつ、商務卿と入れ替わるようにメルカ内務卿が前に出た。
「さっきも言ったが……ここからが話の本題になる」
「本題……?」
意味が解らず互いに顔を見合わせている一同。話の着地点が見えていないのは明らかである。当惑しきった彼らを見据えて、メルカ内務卿が言い放つ。
「諸君らは……王国はこの取引を受けざるを得ない事に気付いているか?」
話のベクトルが二転三転、紆余曲折と七転八倒を繰り返しているため、もはや議論の主旨を追う事すら困難である。
途方に暮れた様子の国務卿たちを見て、内務卿は噛んで含めるように説明の言葉を紡ぐ。
「まず大前提として、王国は旧ハーメッツ領を手放す事などあり得ない。この前提は承認してもらえると思う」
その前提に異存は無いようで、一同は黙して頷きを返した。
「となると、王国が採り得る対応は二つに限られる。取引を受け容れて証文を買い取るか、取引自体を一蹴するかだ。受け容れる場合については後で考えるとして、この取引を蹴った場合の事を考えてみよう。
「さて……英邁なる諸君にお訊ねするが、買い取りを拒否された証文を、商人はどうすると思う?」
ここまで来れば、その先は〝英邁な人材〟ならずとも解る。
腹立ち紛れに破いて捨てる……という反応も無きにしは非ずだろうが、実利を追究する商人であれば、
「……他に買い手を探す、か」
「そう。そしてその場合、買い手に困ると思うかね?」
一同は唸りを上げて怨みがましく天を仰ぐ事しかできなかった。
不幸にしてテオドラムは、拳を振り上げて向かって来る者には困らぬが、手を差し伸べてくれる者には困るというのがその実情である。怨み重なるテオドラムに一矢報いる好機とあらば、領土の債権を買い取る者には困らぬだろう。
「もしもこの証文が、マーカスやモルヴァニア、或いはイラストリアの手に入ればどうなる? ガベルとマルクトを結ぶ街道の直ぐ脇に、仮想敵国の領地が出現する事になるのだぞ?」
……そんな剣呑な事態を座視する訳にはいかない。
然りとて実力で排除するとなれば、それこそ開戦待った無しという事になろう。
「仮に領地を入手した者がイスラファンやモルファンであっても、不都合な状況に違いは無い」
王国の死命を制する街道の安全が、他者の影響の下に置かれる事になる。好ましからざる展開に違いは無い。
「となれば、この取引を受け容れるしか無いという事になる」
一同が溜息と共にその結論を受け容れ……ようとした時に、
「いや、ちょっと待ってくれ」
――ジルカ軍需卿がこれに異を唱えた。
「仮にだが……我々が領土の割譲に同意した場合はどうなる?」
そんな話は論外だ――と、ブーイングの嵐が巻き起ころうとするのを制して、
「その場合、我が領内に異国の……他の大陸の商人が拠点を設ける事になる。これはこれで面白くはないか?」
「む……?」
「成る程……確かに」
海港から離れて存在する以上、普通に考えて侵攻拠点とはなり得ない。とすると、労せずして自国の隣に貿易拠点を誘致するのと同じ事になる。これを奇貨と言わずして何と言うのか。
ぐらりと傾く国務卿たちの態度。それを押し戻そうとするかのように、
「その可能性は我々も考えた。確かに一考するに足る利点のように思える。しかしその一方で、商人がその土地を他国に転売する可能性も否定できん。故に排除すべしと判断した次第」
「むぅ、成る程……」
「その可能性があるか……」
斯くして――件の証文を買い取る事が、国務会議の総意となった。
なのに……
「そこで愈々本論だが――」
……などとメルカ内務卿が言い出したものだから、場は一気に騒然となる。
ここからが本論だと言うのなら、今までの議論は何だと言うのだ。
「単なる前提の確認に過ぎん。私が言いたいのは……この取引の決済に、塩漬けになっている新金貨を充ててはどうか――という事だ」
「「「「「あ……」」」」」




