第二百九十八章 迷彩柄の波紋 3.イラストリア王城 国王執務室(その2)
「そこまで大した事じゃありません。ホルベック卿が送って寄越した見本とやらですが……この配色はモルファンの景観に即したものなんでしょうか?」
「「「うん……?」」」
クロウがでっち上げた迷彩柄は、褐色と緑色の濃淡から成る、所謂「ダックハンター・パターン」擬きの山林迷彩であった。それはエルギンの山林では遺憾無く迷彩効果を発揮したのだが、気候の異なるであろうモルファンにおいても背景にマッチするのであろうか?
「生憎と自分はモルファンの景観について詳しくはありませんが、彼の国はここイラストリアより寒冷な気候であるとか。植生の様相が同じであると、頭から決めてかかって良いものでしょうか?」
「「「う~む……」」」
景観がここと大差無いのであれば、話はこれで終いになる。
しかし、もしも景観に違いがあった場合、リッカが即座に迷彩だと見抜いた事を考え合わせると……
「……モルファンは自国とは異なる景観への擬装を研究している……そういう事になる訳か……」
難しい表情で呟いた国王に、
「飽くまで推論に過ぎませんが」
――と釘を刺すウォーレン卿。現段階では飽くまで仮定の話、確定された事実ではありません。
とは言え、穏やかならぬ話には違いないと言いたげな国王であったが、
「要は他国での活動を考えてるって事だろうが。軍としちゃ当たり前の話じゃねぇかよ」
「まぁそうですね」
それをバッサリと切って捨てるのが、ローバー将軍という御仁である。
軍人としては当たり前の事かもしれぬが、政治家としてはそれだけで済ませる訳にはいかない。
「だからって、こっちがそれで文句を言うのもおかしかぁないですか?」
「まぁ、それはそうなんだけどね」
とりあえず心に留め置こうという事に落ち着いて、話は「次の問題点」に進む。
「気になるのは……エッジ村の村人が、こんな代物を恬淡と店に出した事なんですが」
「何でも、〝少し派手だが、異国では有り触れた柄〟と聞かされていたようじゃな」
「何処のどん畜生がそんな事を吹き込みやがったんで?」
「何処の誰かと言うのならイシャライア、お主も知っておる筈の者じゃな。ウォーレン卿は実際に会った事もある筈じゃ」
「「――は?」」
「エッジ村に滞在している、クロウという異国の絵師だそうだ。シャルドの版画の原画を描いた」
「「あ……」」
思いがけぬところで思いがけぬ名前が出て来たが……
「……そう言や、その名はどっか他でも聞いた気がするな」
「確か、バンクスのパートリッジ卿とも繋がりがあった筈です。王国王立講学院のマーベリック教授が言っていました」
「あー……あの先生か。手酷く論破されたって嬉しそうだったな」
自分たちは絵師としてしか知らなかったが、想像以上に多才な人物であったようだ。
そして――確かに異国からやって来たと紹介された気がする。
……という事は……
「……あの絵師殿の母国じゃ、あんな擬装が普通に出廻ってるってのかよ……」
「それも衣服の柄として……」
「当たり前過ぎて気にも留まらんかったようじゃな」
「「………………」」
思いもよらぬ話に唖然とするばかりの二人であったが、そこは流石に国軍の司令部幕僚。直ぐにこれが胚胎する問題点に気が付いた。
「異国の知恵ってのを無自覚に垂れ流されるのは困りもんですが」
「問題の根幹は、我々が異国の情勢に疎かったという事でしょうね」
「まぁ、今回面喰らわされたのはモルファンも同じみたいだけどね」
ともあれ、これは放置していていい問題ではない。海外情勢を調べるというのは、そう簡単にはいかないだろうが、海外情勢に詳しそうな者との誼を深める事は可能だろう。
「沿岸国か……」
「幸いにして、モルファンとイスラファンが歩み寄ってくれていますからね。イスラファンについては少し懸念が残りますが、モルファンとは仲良くしておいた方が良いでしょう」
「妙な擬装技術を企んでる相手でもあるんだがな」
「ふむ……モルファンの景観の事も含めて、マルシングには話を通しておくか」
・・・・・・・・・・
『ねぇクロウ、あの……メーサイっていうの? 何であんなのを作ったのよ?』
『あぁ、奇抜な模様じゃあるんだが、柄としては単純な上に、パターンが不規則だから染めの失敗が目立ちにくいだろ? 新しく草木染めを始めたっていう村が手掛けるには、手頃なんじゃないかと思ったんだが……案外と需要が無いみたいだからな』




