第二百九十八章 迷彩柄の波紋 2.イラストリア王城 国王執務室(その1)
〝至急に意見を聴きたい案件が生じた〟という理由で呼び出された、王国軍第一大隊長・兼・王国軍総司令官のローバー将軍とその副官のウォーレン卿は、件の案件の報告者がホルベック卿だと聞かされて、漠とした不安に囚われていた。
彼の御仁が治めているエルギンの町には、このところ世界各国の注目を独り占めしているノンヒュームの連絡会議事務所がある。ノンヒュームが又候何かしでかしたか、それとも逆に、彼らの身に何かが起きたのか。
「どちらでもないな。報告してきたのはホルベック子爵――先頃男爵から陞癪――だが、案件の出所はノンヒュームではなくエッジ村……正確にはその出店だそうだ」
「「エッジ村?」」
同じ用件で呼ばれていたらしいローバー軍務卿代理――将軍の実兄――から説明を受けて、将軍とウォーレン卿は揃って不審の声を上げた。エッジ村と言えば彼の「エッジアン・ファッション」の発信地であり、今やノンヒュームと並んで近隣諸国――主として女性陣――の注目を集めている場所の筈。何れもエルギンにあるのだから、ホルベック卿が報告を寄越す事自体はおかしくないが、
「エッジ村で何か問題でも?」
「ローバー卿がお出ましって事ぁ、軍に関わる話なんでしょうが……?」
服飾文化の重要拠点である事は疑い無いが、軍がそれとどう関わってくるのか。ドレスの次は軍服のデザインでも提案して寄越したか?
「〝当たらずと雖も遠からず〟といったところだね」
「……連中、本当に軍服のデザインに手を着けたんで?」
半信半疑と言うか、三信七疑の表情を浮かべる二人に向けて、ローバー軍務卿代理がホルベック卿からの報告の内容を要約してくれた。その結果、二人も漸く事情が呑み込めたのであるが、
「身体の輪郭を曖昧にする柄たぁ……また面倒なもんを」
「ホルベック卿が急ぎ報告してきたのも当然ですね」
「ふむ。エルギンをあやつに任せたのは、間違いではなかったという事よの」
満足げな笑みを浮かべる宰相を横目に見ながら、ローバー軍務卿代理は話を続ける。
「擬装効果についての確認と研究は軍務の方で進めておくけど……問題はそれ以外にもあってね」
解るよな――と言いたげな軍務卿代理に、将軍とその副官は黙って頷きを返す。
「とりあえずは、アナスタシア王女のお付きが示したという反応でしょうね」
ウォーレン卿の発言に、居並ぶ一同は頷いて賛意を示す。
エッジ村の出店で――腹の立つ事には無造作に――売られていたという迷彩柄の布。王女お付きのリッカがそれに喰い付いた事で、モルファンもまた迷彩柄の事を知っていたのだと察せられる。
ここで問題になるのは、まず、モルファンは何処まで迷彩技術をものにしているのか。既に実用化を済ませているというなら、(一応は)友好国ではあっても、それなりに警戒しておく必要があるのだが。
「それはどうでしょうか。些か希望的観測の嫌いはありますが、既に実用化されているのなら、モルファンのお付きもそこまで騒いだりはしないんじゃないでしょうか」
「お付きの小娘が知らされていなかっただけ――って可能性もあるぜ?」
「だとしたら、お付きの彼女は先進技術の事だけを知らされており、その進捗状況については知らされていなかった事になります。仮にも王女の近侍として隣国へ派遣される程の者に、そんな中途半端な情報を与えるでしょうか?」
ウォーレン卿の指摘に、他の面々もウ~ムと唸って考え込んだ。
リッカはこの情報を独自に知っただけで、モルファン側の思惑とは無関係――という可能性も考えられなくはないが、そうするとモルファンの情報管理は、少女に破られる程いい加減――という事になる。これはこれで考えにくい。
「てぇと……本国でも秘匿されている筈の代物が、祭の屋台で店晒しにされてたのを見て仰天した……って事になるか」
「ありそうな話じゃの……話の後半については、じゃが」
「〝話の前半〟ってのが〝機密情報の店晒し〟を指すってんなら、〝ありそうな話じゃねぇ〟事に一票入れさせてもらいますぜ」
「ご歓談を破るのは心苦しいんですが、それに関してもう一点、気になる事があるんですが」
「………………話せ」
ウォーレン卿が〝気になる事〟と言う場合、それは大抵碌な話でない。その事を身に滲みて知っているローバー将軍は、ともすれば怯みそうになる心に鞭をくれて、話の続きを促した。




