第二百九十七章 夏祭り in エルギン 8.後の祭り~クロウ~
『う~む…………ひょっとして拙い事をやったのか……?』
エッジ村から無期限借り受け中の山小屋の中で、眷属たちと会話を交わしているのはクロウである。話題は勿論、先日エルギンの夏祭りで売った、迷彩柄のスカーフの事であった。
『あんなもんに食い付くやつがいるとは思わなかったんだがなぁ』
『女の子でしたよね、マスター』
『しかも、猛然たる食い付きでございましたな』
『色んな意味でぇ、女の子らしくなぃってぃうかぁ』
完全に予想外の事態ではあったが……あの食い付き振りを見ると、何となく失策をやらかしたような気がしないでもない。
『エルフならひょっとして関心を持つかもしれん……と思っていたんだが』
『エルフの女性陣、完全に無視してましたよね』
『もう少し優雅な柄がお好みのようでございましたな』
『けどぉ、知らせに来てくれた獣人さん、興味ありそぅでしたよぉ』
山林内でのカモフラージュというなら、森の民たるエルフも無関心ではないだろう……というクロウの予想を裏切って、エルフの女性陣はまるで関心を示さなかった。魔力と魔法に秀でる彼らは、どちらかと言うと隠蔽や認識阻害系の魔法を使う事が多く、物理的なカモフラージュに興味を引かれる事は無かったのである。
寧ろ魔力の乏しい獣人――この場合は「鬱ぎ屋クンツ」――の方が幾許かの興味を示していたが、獣人という種族は元々気配を絶つ事に長けているため、この手の装備に気を惹かれる事は無い。
また、冒険者を生業にしている者たちは、単に視認性を下げるだけ、それも山林内限定という布切れに大枚を叩くような真似などしない――と、鬱ぎ屋クンツが教えてくれた。
――そう考えると、あの場でリッカが示した関心は寧ろ異常だとも言えた。
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抑の話、エッジ村の出店に何で〝迷彩柄のスカーフ〟などという代物が置いてあったのかというと……原因の一端はまたしてもクロウであった。
ホルベック領では昨年から、エッジ村の指導による草木染めの技術導入が為されているが……ここで問題となったのが染料である。
エッジ村の草木染めは、村人たちが気軽手軽に染められる事を念頭に置いて始められたため、使われている染料も身近で得られるものばかりであった。
しかし――それらは身近で得られる反面、充分な量を確保するのは難しいという側面もあった。玉葱の皮だけなど、どうやって量を掻き集めろというのだ。
「エッジアン・クロス」量産のためには、天然系の染料素材にのみ頼るのは無理と判断したホルベック卿は、手に入る限りの様々な染料を掻き集めてエッジ村に提供し、それによる試作を依頼したのである。
ただ……我武者羅とも言える勢いで、文字どおり手当たり次第に掻き集めたものだから、使いづらい色というのも当然出て来る。
その余りの色を見たクロウが、ちょっとした悪戯心で試しに染めてみたのが、目下アナスタシア王女たちの間で物議を醸している、所謂「ダックハンター・パターン」擬きの山林迷彩なのであった。
ちなみに、不思議そうな顔をした村人たちには、王女一行に説明したとおり〝異国の一部で使われているという柄を、試しに染めてみた〟ものだと説明している。
慎重な王女たちの判断によって、騒ぎの火の手が上がる事だけは回避できたものの、クロウとエッジ村は――無自覚のうちに――新たな火種を抱え込む事になったのだが……まぁ、今更だという気がしないでもないのも事実である。




