第二百九十七章 夏祭り in エルギン 7.夏祭り in エルギン(その2)
「説明してもらうわよ、リッカ」
王女一行のために用意された部屋に引き取ったところで、リッカはアナスタシア王女をはじめとする一同の、厳しい視線に曝される事となった。下手をするとエッジ村どころかホルベック卿との関係をすら危うくしかねなかったのだ。喚問は当然の事だと言えた。
「……申し訳ありません」
「謝罪を受け容れるかどうかは後で決めるわ。弁明――いえ、説明を」
「……この布に使われている柄は、山野で身を隠すための、一種の保護色です」
「「「「「保護色?」」」」」
王女たちだけでなく、同行していた使節団長のツィオルコフ卿も、戸惑ったような声を揃えつつ、改めてリッカが持つスカーフに目を向けた。
……そう。
店でリッカが猛然と食い付いたスカーフは、いわゆる山岳迷彩のパターンに染められた代物であったのだ。
「……言われてみれば確かに、緑色は草木の、焦げ茶色は土の色に似せてあるようだが……」
「これで茂みに擬態するという事ですか?」
なおも疑わしげな視線を向けるツィオルコフ卿とゾラに対して、リッカは説明を補足する。
「正確に言えば少し違います。この柄の主たる効果は背景に溶け込む事ではなく、人体の輪郭を不明確にするというものです」
「輪郭を……」
「不明確に……」
……そう言われてみれば、こんな不規則な柄を纏って山野に潜んでいれば、身体の輪郭は案外と目立たなくなるかもしれぬ。
「……認識阻害の魔法のような感じかしら?」
「仕組みは少し違いますが、効果の結果だけ見れば、概ねその理解で正しいかと」
「それを……魔法にもスキルにも依らず、染色だけで果たしていると?」
「はい。我が国の騎士団でも研究に着手したばかりだと聞いています」
成る程……これはリッカが目の色を変える筈だ。そんな――考えようによっては物騒なものが、のほほんと祭りの出店で売られているのだ。安全保障の上からしても、到底看過し得ない案件である。
「……あの店番、既にどこかの国で使われているような事を言ってたわね……」
「それも、機密でも何でもなく普通に使われているような口ぶりでした」
「祭りの出店で堂々と人目に晒してるくらいだものね……」
思い起こせば自分たちがエルギンを訪れたのも、ノンヒュームたちが天真爛漫なまでの気安さで、植物性の凝乳酵素などという重大情報を明かしてくれたのが切っ掛けであった。そうしてやって来た祭りの場では、今度は迷彩柄などという特級軍事機密が堂々とオープンにされている。
……これがイラストリアという国の国民性なのだろうか?
「……まぁ何ですな。凝乳酵素の件は、ノンヒュームたちにとっては当たり前の知識であるのと同時に、我が国にノンヒュームがほとんどいないせいで、我が国の国情を知る機会が無かったのが、認識に食い違いが生じた一因でしょう」
「この――『迷彩』だったかしら? この柄についてはどうなのよ?」
「自分も詳しくは存じませんが、少なくとも近隣諸国で同様の研究が進められているとは聞いておりません。なので、村人たちがこの柄の持つ意味について無関心であったのも頷けるかと。問題なのは……」
「この柄が普通に使われているという〝異国〟の事よね?」
「はい」
――ここで一同は難しい判断を迫られる事になった。
ホルベック卿を通して問い合わせれば、「迷彩」柄についての情報を訊き出す事は可能かもしれぬ。しかしそれは、モルファン本国が秘匿している情報を、少なくともその一端をイラストリアに気付かせる事になるだろう。
……これは自分たちだけで裁量していい問題ではない。
「この件については本国に丸投げするのが一番でしょうね」
「リッカが騒いだせいで、既に違和感を持たれているのではないでしょうか」
「申し訳ありません……」
「それはどうかしら。騒ぎ自体は知られていても、肝心の柄まで確認できた者がどれだけいるか」
「……購入をスムーズにするべしという布告がありましたから、店番に問い質す事もできなかったでしょうな」
「……そうだわ。あの店番、随分と世慣れしてた感じだけど、村人とは違っていたみたいね?」
「確かに。ですが……」
「えぇ。これについても迂闊な詮索はできないわね。……本国にはそれについても忠告しておいた方が良さそうな気がするわね」




