第二百九十七章 夏祭り in エルギン 6.夏祭り in エルギン(その1)
さて……運命の夏祭り当日、クロウの希望的観測もあらばこそ、ひっそりとクロウの許に現れたエルギンの獣人冒険者「鬱ぎ屋クンツ」が運命を告げる。
(「王女サマはこっちの列にお並びだ」)
(「マジか……解った」)
王女一行は丸玉の列に並ぶという最善の展開を期待したが、どうやらそれは叶わぬようだ。ならば観念して難局に向き合うのみ。幸い、余計な詮索を封ずるための策は既に仕込んである……混雑防止のための購入の迅速化という名目で。
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さて、場面変わってこちらはアナスタシア王女の一行である。
クロウは丸玉の方へ参列してくれる事を期待していたが、抑王女が夏祭りへの参加を決めたのも、以前に貰ったエッジアン・クロスの入手経路を誤魔化すためという裏事情があったのだから、草木染めを差し置いて丸玉を優先する筈が無い。四人揃ってクロスの列に並び、ジリジリとクロウとの距離を詰めていた。
ちなみに、王女の目的は入手経路の偽装にあるが、他の三人の目的は、普通にクロスの購入にあった。折角の機会なのだから、手頃なものがあれば自分用に購入するのもいいではないか。いや、好みのものが無くとも、贈り物として購入しておくのもいいだろう……
そんな思惑の下、漸く辿り着いた売り場では、細長い机の上に様々な彩りのエッジアン・クロスが並べられていた。代金と品物の授受は担当者らしい男性一人が行なうようだが、商品の柄や色合いを解り易く展示する事で、説明の手間暇を省いているようだ。
机の幅は数名が並んで見るに充分だが、さすがに主君たる王女の隣でキャアキャアと声を上げて品を物色するような真似はできず、王女が選び終えるまで、お付きの三名は温和しく後ろに控えていた。
まぁ王女としてみれば、購入の事実を残す事だけが目的なのと、事前に担当者から口を酸っぱくして長っ尻を戒められていたので、吟味に時間をかけるような事も無く、割と早くお付き三名の番が廻って来たのだが。
「――! 店主! この手の柄はまだあるのか!?」
真剣に、かつ手早く品を吟味していたミランダとゾラの隣で、この手の品にはあまり興味の無さそうだったリッカが真剣な声を上げたものだから、二人だけでなくアナスタシア王女までもが思わず視線を巡らせた。
見ればリッカが手に取っているのは、くすんだ濃淡の緑や焦げ茶・黄土色が不規則な斑を成した、どこからどう見ても美しさや優雅・気品とは懸け離れたものであったから、後ろから見ている者たちも含め、一同揃って首を傾げたのだが、
「……それは異国の一部で使われているという柄を、試しに染めてみたものになります。飽くまで試作という位置付けなので、それっきりですね」
「――! だったら、これを増加試作……」
「そちら、お買い上げになりますか?」
「あ――あぁ。それで……」
「お包み致しますか? それとも、このままで宜しゅうございますか?」
「……このままで」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「はい……」
終始笑みを絶やさず柔やかに、それでいて断固とした謝絶を喰らっては、さすがのリッカも、そしてアナスタシア王女一行もそれ以上の不作法はできず、粛々と退座するしか無かったのである。




