第二百九十七章 夏祭り in エルギン 5.上に政策あれば、下には対策あり
クロウがその情報を耳にしたのは夏祭りの数日前、ノンヒュームからのルートの他にもう一つ……
「モルファンの王女がやって来るだと?」
今回クロウと一緒にエッジ村出店の店番を仰せつかったルーパート・ホルベック爵子こと、ルパからの警告によるものであった。
「うむ。表向きはノンヒュームたちへの挨拶だという話だが……」
「……エッジ村の出店に顔を出す危険性があるという事か」
苟も一国の王女殿下のご来臨をして〝危険性〟呼ばわりはどうかと思うが、当事者の感覚としてはそんなもんである。況してクロウは色々と大っぴらに出来ない事情を抱えている身。危機感を抱くのは当然であった。
この情報自体はノンヒュームの連絡会議からも伝えられていたが、今回新たにルパからの観測も伝えられた事で、王女襲来の公算は低くない事が予想された。
ちなみに、モルファンからノンヒュームへの〝挨拶〟の理由について、どうやら以前に贈った「ナッツ・チーズ」がお気に召したらしいと報されて、クロウは些か驚かされたが、そんなのは(クロウにとって)大した問題ではない。
「……エッジ村の出店は二軒。両方に顔を出すつもりかな?」
「そこまでは僕にも解らないな。だが、殿下にはエッジ村から草木染めが贈られたと聞いているが?」
「あぁ。お近づきの標……と言うか、挨拶代わりに贈ったらしいな」
「それに合わせる『エッジアン・アクセサリー』は献上してないんだろう? だったら、今回はそっちの方を優先するんじゃないか?」
「俺としてはそっちの方が助かるんだが……」
ルパの予測が当たっていれば、クロウが王女の相手をする可能性は低くなる。その代わりにルパが対応する可能性が高まるのだが。
「まぁ、僕の場合は立場的にも悪い話じゃないからな。……面倒なのは否定しないが」
ルパもルパで大概な物言いであるが、窮屈な貴族生活を嫌って家を飛び出し、バンクスで昆虫学者などやっている身としては、案外に嘘偽りの無い本音なのかもしれない。
ただ――王女殿下のターゲットが何れであるにせよ、七面倒な事態には違い無い。何とか回避する手立てはないものか――と、頭を捻っていたクロウであったが、やがて何かを思い付いたらしい。
「……ルパ、混雑の発生を防ぐ目的で、購買は迅速に時間を掛けず、購入後は速やかに列を離れるように――と、実行委員会の方から事前に告知してもらう事はできるか?」
「――! 名案だクロウ!!」
混雑の予防云々は実際の事だし、エッジ村の出店には人族だけでなくノンヒュームも列に並ぶのだ。ノンヒュームとの友誼を名目にしてエルギンを訪れるモルファンの王女殿下としても、店の前でグズグズと長っ尻を決め込む訳にはいくまい。
つまり――クロウやルパが長々と相手をさせられる危険性は低くなる。
危険があるとすれば閉店後に声をかけられる可能性だが、それは撤収作業の完了前に速やかにずらかる事で回避できる筈。こっちは一人で貴族の矢面に立たせられるのだから、それくらいの我が儘は聞いてもらおう。
「よし! 直ぐにも実行委員会に提言してくる!」
「頼んだぞ、ルパ!」




