第二百九十六章 マーカスを巡って 10.クロウ陣営(その2)
……という裏事情までは解らねど、現実としてマーカスの遺跡探索隊が各地へ出没する事になり、思わぬ割りを喰ったのがクロウである。
何しろマーカス貴族の考えでは、〝古代の遺跡〟というのは人里離れた僻地にあるものと決まっているらしく、探索隊が赴いたのもそういった場所であった。
結果として……精霊たちが精霊門開設の候補地として目を付けていた場所の多くが、それら探索隊の目的地と搗ち合う事になった訳だ。
『何がどうなっているのか解らんが……面倒な事になったもんだな』
テオドラムの動きを探る必要に迫られているこの時、正にその手立ての一環として、マーカス領内における精霊門の整備を進めようと言うのに、その場所選定の段階で躓く……いや、躓かされる羽目になった。これを面倒と言わずして何と言うのか。
『場所探しを遅らせる? クロウ』
『いや……それで事態が好転するという保証が無い。それに万一精霊門を設置した後になって、そこで連中が宝探しなど始めたら拙い事になる』
造るのはダンジョンではなく精霊門であるが、微少な魔力の澱みのようなものは発生する訳だし、不審や関心を抱かれるのは好ましくない。
いや……精霊門の存在が発覚する切っ掛けと言うなら、魔力の澱みよりも先に懸念すべきものがあった。他ならぬシャノアが先程も口にしていた、精霊の発光である。
既にサウランドでその光が目撃されて物議を醸しているところに、「カタコンベ」でも冒険者の誘き寄せに鬼火を使った。片や精霊、片や鬼火と、発光の主体は異なっているが、怪しの光が瞬いていたという現象自体は同じである。しかもそのどちらもが、アレコレと曰く付きの場所なのだ。
もしも精霊門の運用中に精霊の光が目撃されたりしたら、そのに何があるのかという疑念と関心を掻き立てるのは目に見えている。
それだけではない。〝宝探し〟作業の如何によっては、折角造った精霊門を壊される虞すら懸念される。「光」が野次馬を引き寄せるような事態など問題外である。
『つまり……精霊門の開設もその実用も、その場所に人間がやって来ないという確証が得られるまでは棚上げとなる訳だ』
予想外の展開に、クロウをはじめ眷属一同も渋い表情を禁じ得ない。この状況を打開する方法は二つ。
『まず一つは、人間どもがやって来そうにない場所に、精霊門を開設するという手だな。当面はこっちに方針を転換するのが良いと思う』
森の中や山奥に開設すれば、そう易々と人間は近付けまい。そういう場所なら寧ろ精霊にとっても便利ではないかと思ったのだが、
『そういう場所だとね、精霊たちを餌にしようとするモンスターも多くなるのよ』
なので精霊の立場からしても、必ずしも好都合という事にはならないそうだ。
『それに抑マーカスっていう国は、山地とかがあまり多くないのよね』
まぁ、今回は背に腹は替えられないという事で、候補地を探してみるそうだが。
『で、二番目の方法っていうのは何?』
『あぁ。問題となっているのは人間どもの動きなんだから、俺たちがそれを把握する事ができれば、場所の選定はスムーズにできるだろう』
つまりは諜報活動の本格化である。
ただ、先ほどの発光の件に鑑みても、諜報活動の全てを精霊たちに任せるのは無理がある。どうしても人間たちの間に入り込んで、能動的な訊き込みを行なう必要があるだろう。
『ここは久々に、ハンスたちに動いてもらうしか無いようだな』




