第二百九十六章 マーカスを巡って 6.アムルファン商業ギルド(その1)
「マーカスの件についてだが……どう思う?」
「どうもこうも……」
「金鉱の件についてはクロ、そう判断するよりあるまい」
アムルファンの商都ソマリクにある商業ギルドの一室で、額を集めて当惑顔をしているのは、アムルファン商業ギルドの面々である。北街道に関するテオドラムの真意を探るため、サウランドへの視察を果たし、それなりの情報を入手して戻って来たのだが……
「しかし……『サウランド・ダンジョン』の仮説について探りに行ったのに、引っ掛かってきたのはマーカスの金鉱説だとはな」
「いやまぁサウランドの方も、それなりの収穫はあった訳だが」
抑アムルファンの商業ギルドが、遠く離れたサウランドの視察などを企図したのは、これ偏にテオドラムの動きを探るためであった。隠されたテーマは北街道である。
テオドラムによる北街道の整備が通商を目的としたものなのか、それともマーカスに対する軍事行動を睨んでのものなのか。それだけでもはっきりさせておかないと、アムルファンとしても動きようが無い。事と次第によっては、自分たち商業ギルドの進退・盛衰にすら関わる大問題である。
しかもややこしい事に、北街道の延伸計画を左右しかねない潜在的脅威として、グレゴーラムの安全性がクローズアップされてきた。嘗て彼の地の一個中隊を殲滅した謎の「モンスター」が、今なおあの辺りに潜んでいるのではないか。いや、寧ろ未発見のダンジョンがあるのではないか。その可能性が下世話で取り沙汰されるようになっていたのである。
なのに肝心のテオドラムが、この件に関しては積極的な動きを見せない。それが周りの不審と困惑の種となっていた。
これに関してテオドラムからの直接の情報収集は難しいと考えた商業ギルドは、搦め手からのアプローチとして、国境を挟んでグレゴーラムと相対するサウランドに目を付けた。彼の地でなら少なくとも〝国境付近にいるモンスター或いはダンジョン〟について、何らかの情報が得られるのではないか。そこからグレゴーラムの安全性が評定できれば、テオドラムの真意も見えてくるかもしれぬ。
そういう目論見の下にサウランドの視察に赴いたのだが……豈図らんや、訊き込みに引っ掛かってきたネタは、サウランドのダンジョン仮説だけでなかったとは。
それと同等以上にホットな話題として、マーカスが金鉱を独占しているという噂、そして、その噂を流したのがテオドラムであるという噂がリサーチに引っ掛かってきたのである。
しかも不可解・不可思議な事に、テオドラムは金鉱の噂を流していながら、サウランドのダンジョン仮説に関しては何のコメントも出していない。のみならず、非公式な噂すら聞こえてこないのである。これはどういう事なのか?
「単純に考えれば、テオドラムはサウランドのダンジョン仮説よりも、マーカスの金鉱の事を重視している……そういう事になるだろう」
事ここに至っては、アムルファン商業ギルドの面々としても、マーカス金鉱独占説の検討を始めざるを得ない。その結果得られた結論が、冒頭で述べられたものなのであった。
「金鉱を隠し持つという噂のマーカスが、金鉱探しの冒険者を他国へ追い払っているんだ。マーカスが金鉱を持っているのは確定だろう」
「確かに、そう考えるのが妥当のように思えるが……」
「だとしても、テオドラムの狙いは何なのだ?」
マーカスが金鉱を隠し持つという噂は、元を辿ればテオドラムから発信されたものだという。なら、そこにはテオドラムの意思が働いている筈。
……なのだが、その意図が皆目判らないのである。
「単純に考えれば、マーカスに対する嫌がらせなのだろうが……」
「しかし、そこにマナステラを巻き込む理由は何なのだ?」
何しろ問題の噂の中で、マナステラの国名が名指しされているのだ。偶然だの何だのという言い訳は通らない。テオドラムはマーカスのみならず、マナステラに対しても含むところがあるというのか?
近隣四方悉くの国に喧嘩を売っている観のあるテオドラムであるが、幾ら何でも直接の交流の無い、それこそ国境を接してもいないマナステラにまで牙を剥く理由が見当たらない。自国を取り巻く状況に悲観したあまり、どうせなら大陸全土を戦渦に巻き込んで滅んでやると自棄を起こしたのなら兎も角も、そんな暴発的な兆しは見られていない。
「マナステラに含むところが無いというなら、マーカスとマナステラの関係をおかしくするのが目的か?」
「確かに、現状で両国の間は微妙なものになっているが……」




