第二百九十六章 マーカスを巡って 5.マナステラ国務会議(その2)
イラストリアのシャルドにマーカスの「岩窟」と、並み居る隣国が古代の秘宝発見という栄誉に浴している(笑)のを横目にしながら、臍を噬み続けてきたマナステラに、突如として現れた古代の石窟遺跡。しかも金銀財宝のおまけ付き。
マナステラにとっても歓迎すべき、それこそ万々歳の沙汰の筈であったが……生憎とタイミングが最悪であった。
不届き千万のテオドラムが、無責任にも垂れ流した「幻の金鉱床」の噂。その舞台としてマナステラに注目が集まっている正にそのタイミングで、選りにも選って「金」細工の出土する古代遺跡が発見されたというのだ。
「金」の噂に目が眩んだ冒険者どもに、この件が漏れでもしたらどうなるか。
「間違い無く我が国に殺到するな。悪くすると冒険者だけでなく、マーカスが懸念していたような破落戸どもまで」
有るかどうかも定かでない金鉱を当て処も無く探し廻るのではなく、有ると判っている財宝を、所在の明らかな石窟遺跡で探すというのだ。参加する事への心理的なハードルはグンと下がるだろう。
それはつまり――今までマナステラを訪ねるのに二の足を踏んでいた貧農や、場合によっては山賊盗賊といった連中まで、マナステラを目指す可能性が跳ね上がったという事だ。特に後者の流入が増えたりすると、治安の悪化は待った無しであろう。
マナステラがそれを避けようとすれば、現実的に採り得る手は一つしか無い。
「石窟遺跡に関する情報の封鎖……これしか無いな」
「余計な騒ぎと危険を避けるためという名目で、冒険者ギルドとは当面情報を秘匿する方向で合意ができているからな。今となってみれば、僥倖であったとしか思えん」
「関係者間の利権調整に手間取りそうだと聞かされた時には、〝関係者〟とやらの処分を本気で考えたものだが……」
「人生、何が幸いするか判らんな」
マーカス出身の冒険者パーティ「一攫千金」による石窟遺跡発見の報告を受けて、最寄り町ランスの冒険者ギルドは確認のための人員を派遣。「一攫千金」に彼らを加えた調査の結果、下層の広場で貴金属の細工品を回収した。
早くもこの段階で事態が面倒になると予測した冒険者ギルドは、とりあえずこの情報を秘匿する方向で動いたが、人の動き、それも冒険者ギルド差し廻しの冒険者の動きを完全に隠そうというのは至難の業であり、当該の場所に〝何か重要なものがあるのでは〟という疑念が芽生えるのは避け得なかった。まぁ、この辺りはギルドの側も、想定していたようであったし、実際に商業ギルドなどは、遺跡の下層から金製品が回収された事まで探り出していたようだ。
そして――ギルドの懸念を裏書きするかのように、冒険者ギルドが差し向けた第二次調査隊は、第二層が荒らされた痕跡を発見した。
「つまり、あの石窟遺跡から宝飾品が出るという事実は、既に冒険者の知るところとなっている訳だ。ギルドの情報統制がどこまで効くか……当てにできんと思っておいた方がいいだろう」
好ましからざる話を聞かされて、一同は思わず渋い顔になる。ただ……それに続けて聞かされた話は、その不安を幾許か緩和するものであったが。
「何者かの抜け駆けが確認されてから、既に十日以上が経っている。なのに、今以て金製品の情報が広まっている気配は無い。〝何かありそうだ〟という漠然とした疑念は広まっているようだが――な」
「……つまり?」
「抜け駆けして下層を荒らしたのが誰であれ、その戦果を軽々に吹聴するほどの間抜けではないらしい。言い換えると今暫くの間は、この情報の秘匿が期待できる……かもしれん」
「大袈裟に言うと我が国の命運は、遺跡荒らしの手に握られている訳か」
「何とも気の滅入る話だな」




