第二百九十六章 マーカスを巡って 4.マナステラ国務会議(その1)
「マーカスから届けられた弁明の親書は読んでもらえたと思うが?」
「あぁ、一応読ませてはもらったが……」
「何と言うか……どうにも煮え切らぬものに思えたのは自分だけか?」
「いや、不肖この自分もそういう印象を持った」
「言うに言えぬ事情を抱えており、そのせいで明快な答弁ができない……そんな感じの文章だったな。確かに」
「まぁ、仕方があるまい。我々にしたところで、表沙汰にできぬ事情の一つや二つ、ないしはそれ以上を抱えているのだからな」
気配りとも悪巧みとも言いかねるテオドラムの指嗾によって、濡れ手に粟の一攫千金を夢見る冒険者、ついでに食い詰め者やあぶれ者たちが、マーカスからマナステラへ向かう動きを示した件については先に述べた。
そして、冒険者たちの不可解な動きを訝ったマナステラ当局が取り調べを開始し、その結果明らかとなった事情に困惑して、一方の当事者たるマーカスに問い合わせを送った事についても既に触れた。
その問い合わせへの返答としてマーカスから送られて来た親書が、今回の国務会議が招集された原因なのであった。
まぁ……マーカス側の意図せざる事であったとは言え、結果的に見れば、ならず者の群れを隣国マナステラに押し付ける形になった訳で、マーカスが狼狽えて陳弁にこれ務める羽目になったのも、無理からぬ事だと言えるだろう。何なら開戦の口実に使われても、おかしくないような大失策である。
ただ、マーカス側が懸念していたほどには、マナステラの不快感は大きくなかった。それには一応の理由があって……
「しかし何だな。マーカスが気にしていたのと違って、不逞の輩の流入は少なかったのではないか?」
――これである。
マーカスが心底懸念していたのは、あぶれ者食い詰め者ならず者が大挙してマナステラへ押し寄せ、その結果マナステラ国内の治安が著しく悪化するという事態であった。まぁ、そこまで酷い状況には中々なるまいとも思ってはいたが、最悪を想定して最善を願うのが大人の政治である。
ただ、幸いにして事態はそこまで酷い事にはならなかった。それというのも……
「まぁ、余程に追い詰められた者でなければ、そう易々と国を捨てるような真似はできんと、そう思ってはいたがな」
「国を捨てるというのは大袈裟にしても、住み慣れた国を出て当ても無い他国へ行くというのは、定住民には中々踏ん切りが付かんだろうな」
実際に、テオドラムからマーカスへと移動して来た者のほとんどは冒険者であって、農民などは驚く程少ない。まぁ、これにはテオドラムが統制国家だという事情も大きいのだろうが、住み慣れた土地を捨てる事のハードルが高かったのもまた事実であった。
では、マナステラ首脳部が懸念し慨嘆していた「流民」というのは何なのかと言うと……これは要するに〝郷里を離れたマーカスの貧農や小作人〟というのがほとんどであった。
一攫千金に目が眩んで故地を離れはしたが、それでも故国を脱して他国へ――というのは、やはり心理的な抵抗が強かったようで、マナステラへ流れた者は多くなかったのである。
「しかし……冒険者はともかくとして、盗賊などはもう少し流れて来るかと心配していたんだがな」
「あぁ、儂もそれは懸念していた。それで事情通の者に訊いてみたんだが……そこまで不思議な話でもないそうだぞ」
「ほぅ……?」
「面白そうな話だな」
質問を受けた治安担当の者の説明に拠ると……抑山賊の類が領兵などを向こうに廻して渡り合えるのは、一に懸かって土地鑑があるという部分が大きいのだそうだ。隅々まで知悉した縄張り内にいればこその安泰なのに、そのメリットを捨ててまで住み慣れた地を捨てて異郷へ行くのは、どう考えても不利益の方が大きい。
馴染んだ故郷を捨てて、頼る者とていない新天地で一旗揚げよう……などと考える者は、抑山賊稼業に身を落としたりしない――というのが、件の識者の弁であったそうだ。
では盗賊……と言うか、泥棒・盗人・空き巣狙いという一派はどうなのかと言うと、こっちはこっちで〝それなりに裕福な民の住まう町〟が稼ぎの場であり、金鉱探してもぐらもち……などというのは畑が違う。何より、そんなスキルは持っていないし、そんな場所では持っているスキルの使いようが無い。故に食指が動かない。
結果として、バリバリの犯罪者が金鉱目当てに雪崩れ込む……という状況にはならず、必然的に治安の悪化も生じなかった。まずは重畳の次第であった……ここまでは。
「問題はマーカスではなくて、寧ろこっちの方にあるのだがな……」
「うむ、石窟遺跡の件だな」




