第二百九十六章 マーカスを巡って 1.マーカス国務会議(その1)
イベントの舞台でも何でもないのだが、偶々その近くであるというだけで、思いがけない災難に巻き込まれる事がある。
今から述べるマーカスの場合は、砂金の噂の発信地であるテオドラム、先頃古代遺跡から黄金細工が発掘されたイラストリア、そしてつい先日に石窟遺跡からやはり黄金細工の財宝が発見されたマナステラ。この三国と国境を接しているという、言うなれば立地上・地政学上の条件が、彼の国を見舞った不運の元凶であった。
現在マーカスが陥っている苦況は、謂わば重層的なものであるが、その大元を成す一次的な問題に限って見れば、それは土地の侵蝕問題であると言えよう。
ただしその侵蝕の主体は、風でも雨でもなかったのだが。
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「穴掘りどもは相変わらずか?」
ここはマーカスの首都マイカール。その王城の一室で開かれている国務会議の場であった。
深い憤懣を面に浮かべ苦い声で問うた男に、もう一人の男が疲れたような声で応じる。
「あぁ、相変わらずだ。どこからともなくやって来ては、コソコソと穴掘りに精を出している。……ちょっとやそっと掘ったくらいで『岩窟』に届くものかどうか、少し考えれば解るだろうに」
「いや、そう馬鹿にしたものでもないようだぞ? 『岩窟』の近くでなら見廻りの兵が対処できるが、そうでない場所はどうしても発見が遅れる。気付いた時にはかなりの深さになっている事もままあるようだ。……まぁそれでも、未だ『岩窟』に到達した者はいないようだが」
「……『岩窟』の深さというものが解っていないんだろう。詳細を公表していないのが裏目に出たな」
「だが、馬鹿正直に公表などできんだろう。国境を貫通するダンジョンの位置情報など」
「……それ以前に、詳細な情報というものが判っておらんのだ。公表も糞もあるまいが」
……そろそろ読者にもお解りの事と思うが、会議の俎上に載っているのは、金鉱の噂に踊らされて集まって来た、山師めいた連中の事である。マーカスが独占している砂金のお零れを掠め取ろうと、自力でダンジョンに到達すべく、彼ら視点では通路の開削に邁進しているつもりであった訳だ。
それを無駄な努力と笑殺できればいいのだが、生憎とマーカスが実際に砂金層を掘り当てたのは、未だダンジョン化されていない領域である。言い換えると、彼らの努力が功を奏して、見事砂金層に到達する可能性も皆無とは言えない。
いや、それ以前に「災厄の岩窟」は、マーカスとテオドラムの国境線を潜り抜けて存在するようなダンジョンである。そんなアンタッチャブルな領域に一般人が侵入するなど、国防上の脅威以外の何物でもない。直通路開削の努力など、断じて認める訳にはいかないではないか。
途方に暮れたような表情で、マーカス王国を支える国務卿一同は揃って深い溜息を吐いた。
「……冒険者ギルドの方で規制はできんのか?」
「生憎と、やって来る連中は冒険者ばかりではないのでな。食い詰め者に流れ者、果ては盗賊の類までがやって来ている。と言うか、最近はそっちの方が多くなりつつある」
「然しものギルドのご威光も、冒険者でない連中には及ばんか」
「そうなると領兵を動かして対処せざるを得ん。如何にしても事が大きくなるのは避けられんぞ?」
「いや……不法な流民どもが相手なら、こちらも厳しく出てやる事ができる。しかしギルドの庇護下にある冒険者どもはそうもいかん」
「むぅ……そう考えると、やはり冒険者の方が面倒か」
「単に追い払うだけでは済まんからな……」
どうして〝単に追い払うだけでは済まない〟のか、彼らが一様にウンザリした表情を浮かべているのは何故なのか。
突っ込みたい箇所は多々あれど、今は温和しく会話に耳を澄ませるとしよう。




