第二百九十五章 サウランド~猜疑は踊る~ 17.イラストリア 王国軍第一大隊(その2)
ローバー将軍の要請に、ウォーレン卿は軽く頷いて応えると、結論に至るまでの筋道について述べ始めた。
「話の順序として、まずはグレゴーラムの件がⅩによるものと仮定した場合から始めます」
ローバー将軍は僅かに眉を動かしたが、余計な口を差し挟む事無く続きを待った。
「あの件が予定された迎撃戦であったのか、それとも予期しない遭遇戦であったのかはさて措き、Ⅹは国境林への侵攻を企図していたらしきグレゴーラムの部隊をほぼ殲滅しました。そして――その際にもその後にも、イラストリア領内への侵攻は行なっていません」
「……Ⅹの目論見はグレゴーラム、延いてはテオドラムに対する牽制だって言うんだな?」
「もしくは嫌がらせですね。まぁ何れにせよ、Ⅹは我が国に対して含むところは無いようです。そしてそういう前提の下に、Ⅹの立場に立って考えてみると……はたして、不安定化要因となり得る『待機場所』を残しておくでしょうか?」
ウォーレン卿の指摘を受けて、ローバー将軍も考えてみた。
別にⅩの善意善性など信じるつもりは露ほども無いが、Ⅹがテオドラムを敵視しているのが事実なら、そのテオドラムの仮想敵国であるイラストリアは潜在的な友軍の筈。となれば、徒にイラストリアを不安定化させるような愚は冒すまい。
そしてあの老獪なⅩなら、国境林にモンスターの棲処となるような場所を残す危険性についても気付いている筈。
つまり……サウランド近郊の国境林に、モンスターの棲処となるような洞窟があるとは思えない。どうやらウォーレン卿の見解が正しいようだ……ここまでは。
「……ウォーレン、〝まずは〟って言ったからには、グレゴーラムの件にⅩが関与してねぇ場合も考えたんだろうな?」
「一応は。陛下や宰相閣下からのご指摘もありましたし」
抑の話、〝サウランドの近郊に未発見のダンジョンがある〟という仮説を持ち出したのが、その国王と宰相なのだから、王国の忠臣たるウォーレン卿としても、これは一考せざるを得ない。
まぁこの仮説に関しては、〝敢えてダンジョンを想定しなくても説明できるのではないか〟という結論に――内々には――落ち着いたのだが、外向きには敢えてダンジョンの存在を示唆するような噂を流した。無論、テオドラムへの牽制を見据えてである。
「ただしこの解釈を採る場合、元凶に該当しそうなモンスターの目撃例が皆無というのは、やはり不自然なように思えます」
「だよなぁ」
Ⅹという黒幕を想定せずともモンスターの出自を説明できるのは良いが、その代わり襲撃後に忽然と消えた理由を説明できない。
ただし――これらを不都合無く説明できる仮説が無い訳でもないという。
「んな結構な説明があんのかよ?」
「えぇ。黒幕が使役系の能力を持っていた場合ですね」
例えば犯人が召喚術師であったと仮定すると、モンスターが忽然と出没した理由も無理なく説明できる。一人ではなく複数の犯行であったとすれば、一個中隊を殲滅するのも可能であったかもしれない。況して、当時の現場は霧に覆われ、視界が良くなかったという話である。奇襲の効果は最大限に見込めただろう。
従魔術師の場合、作戦の秘匿性を考える場合は、現場でモンスターを使役し糾合する必要があったであろう。難度は些か上がっただろうが、事が済んだ時点で使役を解除し、モンスターを解放してやれば、モンスターの動きに不審を持たれる危険は低くなる。
「この場合は必ずしも待機場所を必要としませんから、調査でその痕跡を見出す事は期待できないでしょう」
「……その場合、下手人がⅩたぁ限らねぇ訳だな?」
「そうなります。しかしその場合、Ⅹと同じような動機と作戦遂行能力を持つ別人を、場合によっては複数名想定しなくてはなりません。それよりは――」
「……Ⅹの能力評定を引き上げた方がマシか……」




