第二百九十五章 サウランド~猜疑は踊る~ 16.イラストリア 王国軍第一大隊(その1)
「よぉウォーレン♪」
何やら妙に上機嫌な様子で近寄って来るローバー将軍を見て、その副官であるウォーレン卿は僅かに眉を顰めた。この上司がこんな風に上機嫌な時は、何かあるのが常である。
その懸念を裏書きするかのようにローバー将軍が放った問いは案の定、面倒臭そうな話であった。
「近頃サウランドの町で流行ってるってぇ、面白話の事ぁ聞いてるか?」
「……国境林にダンジョンの成れの果て、或いはダンジョンに成り上がる前の洞窟があるとかいう、愚にもつかない与太噺の事ですか?」
言下に一蹴したのが意外だったのか、ローバー将軍は僅かに目を見開いた。……が、その程度で追及を諦めるような、そんな殊勝な性格はしていないローバー将軍である。寧ろ興味を引かれたように、ウォーレン卿を問い詰めにかかる。
「おぃおぃウォーレン、また随分バッサリと切り捨てるじゃねぇか。真面目に取り上げる気も無ぇってか?」
ウォーレン卿は――如何にも態とらしく――軽い溜息を吐くと、ローバー将軍に向き直り、噛んで含めるような口調で自説を開陳する。
「取り上げるも何も、検討するに足るだけの根拠が何も無いでしょう。単に可能性を論っただけですが、可能性だけなら何とでも言えますからね」
「……何時だったかどこかの剃刀殿が、同じように根拠の無ぇ法螺を吹き散らして、隣国を煙に巻こうとしたような気がするんだが?」
「あれは最初からそのつもりででっち上げた流言ですからね。我々も真面目に検討はしなかったでしょう?」
「……どこだかの国は本気になって検討したかもしれねぇってのによ」
「他国の内政は自分の職掌ではありませんので」
しれっと答えるウォーレン卿を寸刻ジト目で睨んだローバー将軍であったが、それ以上の訴追は諦めたと見えて、態度を改めてウォーレン卿に向き直った。それを見てウォーレン卿も、人を喰ったような態度を消して、真面目な様子で将軍に向き合う。
「真面目な話、どう思うよ? あり得なくも無い話だけに、儂としちゃあ今後の趨勢が気になるんだが?」
「サウランドの当局が本腰を入れて調査するようですから、遠からず結果が判るでしょう。ただまぁ自分としては、何も見つからないのではないかと思っていますが」
「……そう判断する理由は何だ?」
態度の端々から察するに、どうやらローバー将軍も同じ結論に至ったように見受けられる。案ずるに、結論の正当性を確認したいのだろう。自分としても否やは無い。
そう判断したウォーレン卿は、粛々と自説の論拠を挙げていく。
「マナステラで報告された石窟遺跡の情報などで扮飾されているため誤解を招きますが、この問題の本質は、グレゴーラム近郊における部隊壊滅、その説明をどう付けるかという点に尽きます。ロスト・ダンジョンやプロト・ダンジョンの仮説にしたところで、畢竟はその疑問点を説明するために提案された憶説に過ぎません。
「そして、我々はこの点に関して、既に合意に至っている筈です。――即ち、あの件はⅩによる策動……少なくともその嫌疑が濃厚だと」
ウォーレン卿の答弁を聞いた将軍は満足そうであったが、しかし一縷の疑念について問い質す事を忘れなかった。
「だがよウォーレン、あの件がⅩの仕込みだって事にゃあ異論は無ぇが、だとしてもだ。あそこにダンジョンだかモンスターの塒だかが有るか無いかってなぁ、こりゃ別の話だろう?」
グレゴーラムの盗伐部隊を壊滅せしめたのがⅩ――正確にはⅩが使役するモンスターであるのが事実だとしても、連れて来たモンスター凶行の時までを待機させて――或いは人目から隠して――おく場所が国境林内にあったというのは、これは整合的な推定である。
なら、その「待合室」が今も残っている可能性、更にはそれが他のモンスターの塒となっている可能性は、皆無だとは言えないのではないか?
「それも考えてはみましたが、結論から申し上げると、あのⅩがそのような手抜かりをするとは思えない……というのが自分の出した答えです」
「……詳しく話せ」




