設 定 ダンジョンについて
いよいよ新章に入りますが、本編を開始する前にこの世界のダンジョンについての設定を記しておきます。興味のない方は第五章へ進んで下さい。
ダンジョンとはそれ自体が一個の生物であるが、それだけでなく内部に棲む生物や魔物も含めて一つのダンジョンと見なされる。そういう意味では単体の生物というよりも、むしろサンゴ礁のような共生系と捉えるべきであろう。
【ダンジョンの発生】
魔力あるいは魔素が濃厚に集積した場所にダンジョンシードが到達すると、そこで発芽・生長してダンジョンとなる。魔力あるいは魔素が吹き散らされずに集積しやすいという意味で、洞窟や廃屋、遺跡などがダンジョンとなることが多い。同時に、外からダンジョンシードおよびダンジョンの「餌」となる生きものが入り込む必要から、少なくとも一ヵ所の出入り口が必要である。
【ダンジョンの成長】
発芽したダンジョンシードは、自分の生育環境を保持するために周囲の地面や壁面を強化し、いわゆる「破壊困難なダンジョンの壁」をつくりあげる(後述)。ダンジョンは周囲の魔力や魔素を体表面、すなわち「ダンジョンの壁面」から吸収して成長するため、ダンジョン壁の面積が大きいほど吸収効率は高い。そのため、ダンジョンは成長に伴って複雑な分岐や小室を多数形成するようになる。これは、陸上動物の肺の内部が、ガス交換の効率を高めるために複雑な凹凸を持つ構造になっているのと同様である。
ダンジョンの餌は魔力であるが、放出された魔力を直接吸収するよりも、それが実体化した魔素の形態で吸収することが多い。ダンジョンは利用する魔素を主として動物やモンスターの屍体から得ている。そのため、ダンジョン内に残された屍体はダンジョンによって貪欲に吸収され、ダンジョン内に屍体が残ることはない。これは食べ残しや排泄物も同様である。ただし、ダンジョン内に共生している動物やモンスターが屍体を食べている間は、ダンジョンが屍体を吸収することはない。これには摂食中の動物が放出する魔力波動が関与していると思われるが、詳細は確認されていない。言い換えれば、ダンジョン内では生物以外の有機物は存在できない(人間が所持している食物や衣服は例外であるが、ダンジョン内に食物を貯蔵しておくことは通常できない)。従ってダンジョン内の環境はある意味で清潔・衛生的であり(ダンジョン共生獣の寄生虫などを除く)、食べかすや汚物を狙うネズミやハエの類もいないことから、過去には貴族がダンジョン内の一画を避暑地として利用していたこともある。
ある程度成長したダンジョンシードは、自身を守るために強固な結晶質の殻を形成するが、これがダンジョンコアと呼ばれるものである。コアを形成する段階に到ったダンジョンはそれなりの知性や魔力を有するようになり、一般にはこの段階からダンジョンとして認知される。
【ダンジョン壁】
一般にダンジョンの壁は破壊不能なものの代名詞のように扱われる。事実、この壁は――元になった素材の如何に拘わらず――いずれも極めて硬いが、ダンジョン壁の破壊不能性は、物理的な強度以上に、ダンジョンが自身に与えられたエネルギーを即座に吸収してしまう性質に拠るところが大きいと考えられている。すなわち、魔力でダンジョン壁を攻撃した場合にはその魔力が、物理的な打撃を加えた場合にはその運動エネルギーが、即座にダンジョンによって吸収されるため、単にダンジョンに餌を与えることにしかならない。この能力は本来ダンジョンの食事能力であったものが、ダンジョン壁の強化という目的に二次的に転用されたものと考えられている。
【ダンジョンモンスター】
ダンジョンの生育には魔力あるいは魔素が必須となるが、ダンジョン自体はこれらを外から調達する能力を欠く。その役割を担うのがダンジョン内に棲む動物や魔物であり、これらを一括してダンジョンの共生獣と呼ぶ。ダンジョンは彼らにとっての安全な住処を提供し、代わりに動物や魔物は狩った獲物をダンジョン内に持ち帰り、食事や排泄に伴って放出される魔素をダンジョンが吸収する。ダンジョンとダンジョンモンスターは、住処と餌を互いにトレードする共生系を構築していると言えよう。
なお、食べ残しや屍体などもダンジョンに吸収されるが、魔物が体内に生成する魔石、あるいは金属製の武器などは材質によっては吸収するのに少し時間がかかる(コアを持つダンジョンの場合、通常は十秒以内)。その結果、ダンジョン内で魔物を殺した場合、屍体が消えて後に魔石や武器を残したように見える。これが俗に「ドロップ」と言われる現象である。
【ダンジョンマスター】
ダンジョンの生態が明らかになるにつれて、ダンジョン内で生活するだけでなく、ダンジョンの能力を積極的に利用して成り上がろうとする者が現れてくる。ダンジョンコアと一種の契約を結び、ダンジョンの成長およびダンジョンモンスターの行動をある程度コントロールする代わりに、ダンジョンの採餌活動を効率化してダンジョンに寄与する技術を持つ者、誤解を恐れずに言えばダンジョン専門のテイマーのことをダンジョンマスターと呼ぶ。ダンジョンとダンジョンマスターは不可分のものではなく、いずれが主となり従となるかも両者の力関係によって異なる。ただし、単身成り上がれるような強者がわざわざダンジョンに引き籠もろうとすることは少なく、結果的にダンジョンマスターがダンジョン外に出ることは少ない。
ダンジョンマスターからすれば人間はダンジョンの餌でしかなく、人間側からすればダンジョンマスターは討伐対象である。従ってダンジョンマスターの多くは人間社会に敵対的であり、どちらかと言うと魔族寄りの者が多い。にも拘わらず、ダンジョンマスターのうち少なからぬ割合を人族が占めている。
【スタンピード】
大量のダンジョンモンスターがダンジョン外に一斉に流出することを「スタンピード」と呼ぶことがある。スタンピードの原因としては次のようなものが考えられている。
1.ダンジョンの規模が大きくなると、必要な魔素を効率的に収穫する目的で、ダンジョンマスターがダンジョンモンスターを外に解き放つことがある。この場合、ダンジョンモンスターたちは、(全ての個体がではないにせよ)餌をダンジョン内に持ち帰るため、活動範囲は自ずと制限される。そのためダンジョンから遠く離れた場所への影響は限定的である。
2.ダンジョンマスターが何らかの意図を持って、多数のダンジョンモンスターを放出することがある。この場合はダンジョンあるいはダンジョンマスターとしての利益ではなく、敵対的かつ戦略的な意図があるのがほとんどであり、従ってスタンピードとしては最も危険である。
3.まれなケースであるが、ダンジョンの巣分かれに伴ってスタンピードが起こることがある。ダンジョンコアが産み出したダンジョンシードは、多くの場合は風に乗って漂い新たな場所へと広がってゆく。この場合、ダンジョンシードが首尾良く新たなダンジョンへと育つ可能性は高くない。しかし、ダンジョンコアがダンジョンモンスターにダンジョンシードを「託して」外に解き放つ場合、ダンジョンモンスターの移動・探索能力によって、ダンジョンシードが生育適地に辿り着く可能性は飛躍的に高くなる。ただし、この際に解き放たれるダンジョンモンスターの数は多くない。ダンジョンシードの「寄主」モンスターが複数解き放たれる場合でも、各々は別方面に向かうため、さしたる脅威にはならないことが多い。
次から第五章が始まります。