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第二百九十五章 サウランド~猜疑は踊る~ 10.ヤルタ教~ボッカ一世~(その1)

 ボッカ一世がマーカスの金鉱床の噂について報告を受けたのは、もうかれこれ二十日以上前の事であった。ただ、その時には他に考えねばならない事――具体的にはヴァザーリの拠点やシェイカー対策など――が多かったため、他愛も無い与太(よた)(ばなし)だとして()ぐに忘れてしまったのである。


 眠っていた筈のその記憶を再び蘇らせる端緒となったのは、テオドラムの冒険者二人組がサウランドで拘束されたという報告であった。


 今でこそ中枢部をテオドラムに移しているが、元々ヤルタ教はイラストリアで発生した新興宗教である。望まぬアレコレの結果としてイラストリアを去りはしたが、今でも各地にそれなりの()(づる)は残している。

 そんな伝手(つて)の一つから注進されたのが前述の件、そして「ロスト・ダンジョン」仮説と「プロト・ダンジョン」仮説それぞれの概容であり、教主はこの時点で不審の念を抱いたのであった。



(……(くだん)の国境林にあるというのが未成ダンジョンであろうと、それともダンジョンの成れの果てであろうと、テオドラムにとっては無視できぬ存在の筈。()してグレゴーラムという実害を(こうむ)っておるのだ。何らかの反応を示すのが当然。なのに……)



 ――テオドラムは何の反応も示していない。



(世俗で言われておるようなマーカス侵攻などは、事情を知らぬ者たちの妄言であろうが……実際にグレゴーラムへの梃子入(てこい)れが()されたのは事実。理由は解らんが、テオドラムがあの地を重視しておる事に疑いは無い。……となると、指呼(しこ)(かん)に穏やかならざるもの(・・)が居座っておる事に、安閑(あんかん)とはしておれぬ筈じゃが……?)



 教主を(いぶか)らせしめたテオドラムの無反応であったが……彼らが動かないには動かないだけの理由があった。即ち、敢えて動く必要を認めないという。


 (そもそも)、クロウに散々痛め付けられてきたテオドラムは、それだけに他国の知り得ぬ情報を幾つか掴んでいた。


 第一に、(かつ)て中央街道で二個大隊に及ぶ軍勢が忽然(こつぜん)と姿を消したという事。あれに較べればグレゴーラムの一個中隊など可愛いものではないか。


 第二に、コーリーという悪徳商人を襲った漆黒巨大なスケルトンワイバーンは、これもいつの間にか忽然と、空中を飛んでいたという事。


 以上二つの知見から導き出される推測は、「敵」――便宜的にダンジョンマスターと仮称する――は任意の場所に任意のタイミングで任意のモンスターを送り込めるのではないかという事であった。


 成る程……もしもこれが事実なら、どこにダンジョンがあるかなど、もはや何の意味も持たない。刺客であれモンスターの軍勢であれ、いつでもどこにでも送り込めるのだ。拠点の所在を云々(うんぬん)するだけ無駄である。


 そして第三に、仮称・ダンジョンマスターがそれだけの能力を有しているにも(かか)わらず、未だにテオドラム本国への襲撃を実施していないという事。

 確かにオドラントと国境林で正体不明の攻撃を受け、少なからぬ部隊が壊滅しはしたが、あれらは(いず)れもイラストリアへの侵略を企図して動いていた。

 仮称・ダンジョンマスターがイラストリアに(くみ)する者がどうかは不明だが、テオドラムの侵略行為を良しとしていない事は解る。


 ならば――こちらから越境侵略の動きを起こさねば、「反撃」を受ける事も無いのではないか?


 希望的観測と言われそうだが、そういった文脈で考えるなら、国境林にあるという「ダンジョン」をどうこうするなどとんでもない話。あそこはイラストリアの領内なのだ。侵攻の意図ありと誤解されたらどうしてくれる。テオドラム出身だという冒険者二人組など、この手で処刑したいくらいである。


 これら以外にも情報はあった。話の肝となるグレゴーラムの被害者であるが、その屍体を確認したところ、剣で付けられたと(おぼ)しき傷痕が残っていたのだ。人間による襲撃、そして同士討ちの可能性を疑うに充分な根拠である。

 (そもそも)、ダンジョンのモンスターの存在を主張する重要な根拠がグレゴーラムでの一個中隊壊滅なのだが、その「証拠」に疑念が生じてくるのだ。少なくとも、モンスターの存在を仮定せずとも、一個中隊壊滅の説明が付きそうな気配である。敢えてダンジョンを持ち出す必要などどこにも無い。


 このような裏事情を知る訳ではないが、それでもヤルタ教教主・ボッカ一世は、既知の事実から大胆な推測を試みる事ができた。



(……テオドラムめが動かぬのは、あの場所に危険は無いと知っているからではないのか?)

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