第二百九十五章 サウランド~猜疑は踊る~ 7.アムルファン商業ギルド視察団(その1)
……という、ややこしい事態が起きているサウランドを、これまたややこしい思惑を抱えた連中が訪れていた。何者かと言えば、アムルファン商業ギルドの視察団一行である。
テオドラムによるマーカス侵攻の真偽を確かめるべく、その動きに掣肘を加えていると覚しきモンスターの動向を探らんものと、遙々サウランドまで足を伸ばしたのであったが、そこで当惑させられるような……と言うか、事と次第によっては仮説を根底から引っ繰り返しかねない、そんな話を訊き込んだのだ。
――言うまでも無くサウランド当局による「プロト・ダンジョン」仮説と、テオドラムの冒険者二人組による「ロスト・ダンジョン」仮説。そして……それに関係すると思われる、マナステラからの新情報である。
まず、サウランド当局による「プロト・ダンジョン」仮説、これは視察団の一行にもすんなりと受け容れられた。
何しろ彼らの考えるところでは、テオドラムはマーカスへの侵攻を企図しており、その拠点となるのがグレゴーラムの筈であった。然るに、その拠点となるべきグレゴーラムの傍に、危険極まりない正体不明のモンスター(仮)が居座っているとなると、これは振興計画の成否を左右しかねない重大問題である。ゆえに、その真偽が確定するまでは、侵攻の実施を控えているのだろうと、そう判断していた。
その仮説に、サウランド当局による「プロト・ダンジョン」仮説はピタリと当て嵌まる。グレゴーラム近傍の国境林に、ダンジョンに匹敵するようなモンスターの巣穴が存在するとなると……
「テオドラムが不用意に大軍を動かそうものなら、徒にモンスターを刺戟する事になりかねん。下手をすると、嘗ての悲劇の再来だぞ?」
――その一方で、この仮説に対する反論もあった。国境林を挟んで反対側にあるイラストリアは、なぜモンスターの襲撃を受けないのか?
「あれだろう。イラストリア側には森林が広がっており、充分な餌があるため山を降りては来ないという」
「だとすると、テオドラム兵を襲ったのは?」
「そりゃ、盗伐で森を荒らそうとしたからじゃないのか?」
「確かに、イラストリアの冒険者は森を荒らさない……どころか、立ち入る事自体が滅多に無いそうだな」
「あぁ。そんな事情だとは知らなかった。やはり実際に現場へ来てみないと、判らない事はあるもんだな」
「そういう事情であれば、テオドラムもマーカス侵攻は考え直すのではないか?」
「うむ。その公算は大だろう」
――と、これはこれで話は綺麗に落ちが付く。これで万事は納得できる……とは、生憎な事にならないのであった。
その根拠となるのが今一つの仮説、テオドラムの冒険者二人組による「ロスト・ダンジョン」仮説である。
もしもこの仮説に従って最初から一件を眺めてみると……この話は全く別の色合いを帯びてくる。
即ち――グレゴーラムの兵士が国境林に侵入したのは、そこにある筈の財宝目当て……ではなかったか?
「グレゴーラムの兵士が国境林に入ったのは、冬の間の薪を盗ろうとしたため……そう、真しやかに言われてきたが……」
「そうでない可能性が出て来た訳だな」
何しろ、額を寄せ集めて話しているのは、商業ギルドの商人である。「薪」より「財宝」に関心が向くのは当然というもの。ゆえに、この線に沿っての検討には、弥が上にも熱が入る。
「何と言っても、最初にこの話を持ち出したのは、テオドラムの冒険者だというからな」
「うむ。地元で何かの噂を聞き込んで……という可能性は無視できん」
「グレゴーラムの近郊でなら、噂のネタに不足する事も無さそうだしな」
「そうすると……グレゴーラムの連中は、『ロスト・ダンジョン』に棲み付いたモンスターの戦力評定を誤ったのか」
「いや……それでも相応に準備は整えていたのだろう。何しろ陣容は一個中隊だ」
「考えてみれば、たかが薪泥棒のためだけに、一個中隊を差し向ける筈が無いな」
「あぁ、一個中隊が必要となるような事態を想定して……というのが正しいだろう」




