第二百九十五章 サウランド~猜疑は踊る~ 1.国境林(その1)
前章や前々章ほどではないにせよ、本章もまぁまぁ長丁場になります。
少し形は違う……と言うか裏返しだが、これも共時性と言うのだろうか。
マナステラでクロウのダンジョンがダンジョンではないと認定されていたのと同じ頃、別の場所ではダンジョンでない場所がダンジョンであると誤認され、それが原因となって新たな喜劇の幕が上がろうとしていた。
……薄々お判りかとも思うが、舞台はサウランドの国境林である。
中肉中背で頭をクルーカットのように短く刈った精悍な……と言うか油断ならぬ顔付きの男と、大柄だが何処か気の弱さを窺わせる男の二人連れが、何かを探すように林の中を歩いていた。
「な、なぁボック……ほ、本当に大丈夫……なんだよな?」
「……ったく、ビクつくのも大概にしろぃデック。ここにダンジョンが無ぇってなぁ冒険者ギルドのお墨付きなんだ。怖じ気付く必要なんざどこにも無ぇだろうが」
どうやらクルーカットの方がボック、気弱そうな方がデックというらしい。ついでに言うとボックが兄貴分、デックが弟分という立ち位置のようだ。
その兄貴分の方は何やら自信ありげな態度だが、相方を務める弟分の方はと言うと、今一つ事情が理解できていないらしい。
「だ、だったら……俺たちゃ何でこんなとこに来てんだ?」
「あぁ? ダンジョンが貯め込んでたお宝を戴くのに決まってんじゃねぇか」
面白そうな口調のボックと違って、デックの方は混乱の極みにあった。ダンジョンが無いという場所でダンジョンのお宝を探す? ……ボックはおかしくなっちまったんだろうか。
今にもベソをかきそうなデックを暫し面白げに眺めた後で、
「……まぁ、お前に解らねぇのも無理はねぇ。この国のボンクラどもも気付いてなかったみてぇだからな」
ボックが尊大な口調で説明を始めるのを、デックは期待に満ちた表情で見守る。ボックがそう言うんなら大丈夫だ――とばかりに。
「いいか? ①グレゴーラムの『鷹』連隊は、イラストリアとの国境林でモンスター襲われて大被害を受けた。②被害程度からみて、襲って来たなぁ一匹二匹のモンスターじゃなく、大群の可能性が高い。③モンスターの大群による襲撃と聞いて、直ぐに思い付くなぁダンジョンのスタンピードだ。④なのにギルドの調査じゃ、国境林にダンジョンも無けりゃ、モンスターの群れも見当たらねぇ。解っているなぁこんなところだな?」
「あ、あぁ……」
そこまでは誰しもが一致して認めるところだが、①~③と④の食い違いをどう説明するのか?
「あぁ、だから議論はここで止まっちまって、そっから先に進まねぇ訳だ。……他のやつらは、よ」
「……ボックは違うってのか?」
「ちったぁ頭を働かせろ。いいか? ダンジョンが無ぇ筈なのにモンスターがいる、しかもそいつが見つからないってんなら、どっかに隠れてるって考えるのが道理だろうが。
「なのに簡単にめっからねぇ隠れ場所とくりゃ、直ぐに思い付くなぁダンジョンだ。けどギルドの調査じゃ、ダンジョンの魔力は確認されてねぇ。……とくりゃ、魔力を失ったダンジョンの跡地ってのが、一番あり得る答だろうがよ?」
「お、おぉ……」
立て板に水を流すかのようなボックの説明に、一旦は納得したデックであったが、
「……いやいや、ちょっと待てよボック。それってつまり……グレゴーラムの連中をあんな目に遭わせたモンスターに、出っ会すって事じゃねぇか……?」
幾らボックの提案と雖も、そんな危ない話に乗れる訳が無い。そう言いかけたデックの台詞を、ボックは自信満々で一蹴する。




