第二百九十四章 「盗掘者のカタコンベ」~新作ダンジョン@マナステラ~ 15.マナステラ王国冒険者ギルド(その1)【地図あり】
何度目になるのか判らぬ溜息が会議室に満ちた。ここはマナステラ王国の冒険者ギルドである。
先日マーカスからやって来たパーティ「一攫千金」が、山間部の僻地で古代遺跡のようなものを発見した。しかし、単なる遺跡にしては不審な点があったと言うので、最寄り町であるランスの冒険者ギルドは、専属の冒険者三名を付けて確認に向かわせた。
その彼らが提出した報告書こそが、現在ギルドの悩みの種となっているものであった。
「もう一度確認するが……ダンジョンって線は無ぇんだな?」
不機嫌と困惑を綯い交ぜにして諦観で割ったような声で、冒険者ギルドのギルドマスターが――もう何度目かになる――問いを発した。そして、返って来る答えも毎回同じであった。
「まずありませんね。件の石窟の壁は、第一階層においても容易に傷付けられたそうですし、第二階層に至っては何をか言わんやです」
「あぁ……壁が崩れた跡があったそうだったな」
凡そダンジョンの壁というものは、加えられた外力をそのまま吸収同化してしまうため、容易な事では傷付かないというのが定説である。それがそのまま簡易的なダンジョン判定の目安になっているくらいだ。
ゆえに、その壁が剣で容易く傷付けられたという事は、そこがダンジョン化していない事を如実に示している。
「ダンジョンになる手前……って可能性はどうだ?」
「ダンジョンになっていないのなら、そこは単なる洞窟です。冒険者ギルドが関与する根拠がありません。況して、ここは古代の墓地らしいというのですから」
「冒険者ギルド以外に口を出しそうなところは幾らでもあるか……」
「今のところ、情報はここで止めていますが、いつ漏れるか判ったものじゃありません」
「全く……面倒な話が持ち込まれたもんだ」
彼らが頭を抱えている理由は、件の場所がダンジョンではないらしいという点にある。
凡そ冒険者ギルドがダンジョン絡みの問題を扱っているのは、一に懸かって「危機管理」という点にある。ダンジョンでは常に「スタンピード」が発生する可能性があるため、それを阻止する方便として、冒険者による攻略が認められている訳だ。
もしもそれを認めないとしたら、危機管理の責任は領主や国に持ち込まれる訳で、スタンピード阻止のために領軍や国軍を常時派遣する必要が生じる。そんな面倒は願い下げだという事で、謂わば民間に委託している訳だ。
ところが、今回発見されたのは、ダンジョンではない古代の墓地。しかも第二階層にはモンスターが棲み着いている可能性があるという。更に厄介な事に、件の墓地の被葬者は、金目の副葬品を伴っている公算が大であるという。
欲の皮の突っ張った冒険者が突撃をかます理由と潜在的な危険性があるにも拘わらず、冒険者ギルドが関与する理由が見当たらない。下手をするとギルドが関与できないまま、冒険者が引き起こした問題の責任だけを押し付けられる可能性すらある。これが厄介事でなくして何だと言うのだ。
「せめてモンスターの存在が確認できていればいいんですが……」
「確認できたなぁ足跡だけってんだからな。冒険者ギルドが口を出す根拠としては弱いわ」
危険なモンスターが棲み着いているのが確認されれば、討伐の名目で冒険者を派遣する事はできる。しかし、現時点ではモンスターの存在は直接確認されておらず、間接的にその存在が示唆されているに過ぎない。おまけに、
「……唯一確認されているのがスケルトン一体で、しかもそれは冒険者の成れの果てらしいですからね。下手な主張は藪蛇になりかねません」
「おまけに滅法強いスケルトンだったそうだからな」
「えぇ。消滅を確認できたのは僥倖でしたが、その消滅は討伐が成功したためではなく、或る種の神聖結界が発動した可能性が強いというんですから……」
「そこらの冒険者の手にゃ負えねぇって証明したようなもんだ」
冒険者の関与が拒否される材料ばかりが集まっているが、その一方で、
「ギルドが冒険者の立ち入りを禁じる根拠が見当たりません。危険なスケルトンは消滅を確認していますし、それ以外のモンスターは状況証拠だけです」
――繰り返すが、これが厄介事でなくして何であろうか。




