第四十五章 シャルド 2.王都イラストリア
シャルドからの急報がイラストリアを揺るがします。
不可解な状況で出土した古代の金貨の件は、即座に魔道通信機によって第一大隊本部へ伝えられた。事態の重大さに鑑み、本部では速やかな増援部隊の派遣を決定。先遣部隊はそれまで現状維持に努め、先走った発掘をしないようにという指示が送られた。
「こうなると、増援に誰を送るかが問題になります」
「オンブリーのやつじゃ力不足か」
「遺留品の調査ならあの男の右に出るものは少ないでしょう。しかし、事が考古学となると……まして今回は、埋土状況から何年前の遺跡なのかを判断する必要も出てきました。専門の考古学者を派遣するしかないでしょう」
「だが、誰を派遣する? 儂たちの一存で決められる事じゃないぞ? その一方で、現地には大至急増援の兵を送らなきゃならん。上がちんたら決めるのを待っている暇は無ぇぞ」
「とりあえずはもう一個小隊の兵にオンブリーをつけて送りましょう。発見場所の周囲を、金貨が見つかったのと同じくらいの深さまで、慎重に掘らせてみてはどうでしょうか? ただ、これは命令ではなく非公式な提案として、オンブリーら現地の士官の判断を尊重するのがいいと考えます」
「確かに、現場も見ない上官があれこれ言ってもはじまらんからな。とりあえずはお前の意見を採用する。増援部隊の手配は、ウォーレン、お前がやれ。儂は宰相殿に話をつけてくる」
ローバー将軍からの急報を受けた宰相は、一刻も早く手を打つべきと判断し、考古学者の人選を秘密裡に行なうよう腹心に指示すると、国王のもとへ向かった。大臣たちと会見中の国王を見つけた宰相は、何気ない風で国王の視線を捉えると、視線のみで合図を送る。国王はそのまま大臣との会見を続けた。予定の時間になり大臣たちが辞去すると、さも肩が凝ったという様子で伸びをした国王は茶の手配を命じ、宰相につきあうようにと言葉をかけた。
国事に忙殺される国王と宰相の一時の息抜き、傍目にはそう見える様子で他愛ない会話に興じながら、夕食後に例のメンバーによる密議の予定が密かに組まれた。
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「シャルドで何やら見つかったそうじゃな?」
「古代の金貨が一つ。古代都市の遺跡よりも浅い地層で見つかりました」
「浅い地層? ……より新しい地層という意味かの?」
「はい。単純に深さの比率だけで算定すると、古代都市よりは二千年以上後の時代のものになるようです」
「確か……あの古代都市は三千年ほど前のものと聞いたが」
「その二千年後となると……丁度我が王国が建国された時代か?」
「あくまで素人による、しかも現時点での推定とお含み置き下さい」
「金貨以外のものは見つかっておらぬのか?」
「それはまだ。しかし、増援として送ったウチの若い者が、ちょいと面白い事に気づきました」
「む?」
「何でも、金貨が見つかった深さより下の地層には、大規模にほじくり返された跡が見られるそうです。上の地層にはそういう痕跡はなく、通常に堆積した地層だと言っておりました」
「……イシャライア、その話は初めて聞くぞ?」
「宰相閣下に報告したよりも後に送った増援からの報告ですからな。あまり頻繁に報告に上がると目立ちそうなんで」
「金貨だけならまだしも、千年ほど前の大規模な発掘の痕跡とはな……解釈が難しそうな話だ。……言葉が無いと思えば、ウォーレン卿はどこに?」
「さぁ? さっき何やら連絡が入ったようでしたが?」
怪訝そうな顔の三名のもとへ、話題に上ったばかりのウォーレン卿が深刻な表情で現れ、そして特大の爆弾を投下した。
「シャルドからの緊急連絡です。新たな遺跡が発見されました」
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ヤルタ教教主ボッカ一世は、その報告を興味と不機嫌が半々という様子で聞いていた。
王家がシャルドで何か重要なものを発見した。その事自体には興味が引かれる。不愉快なのは自分たちが出し抜かれた事である。ろくに樹木さえ生えていない荒野では斥候といえども身を隠す事ができず、何を発見したのか確かめる事ができなかった。ただし、それが重要なものであるのは、直ちに王国軍の増援が送られた様子からも明らかである。飛竜を使うほどの緊急かつ重要な発見だったのだ。
(斥候なら身を隠す手だてなどいくらでも知っておろうに……使えぬやつよ。勇者の一行として取り立ててはやったが、所詮は下郎か。頼りにならぬ)
無理な注文である。斥候は忍者でも超能力者でもない。「隠蔽」や「隠形」の能力を持つ者など一握りに過ぎないのである。仮にこれらの能力を持っていても、第一大隊の兵士ともなれば「看破」の能力を持つ者も珍しくはない。下手に発見されては却って大事になっていたろう。
(いや……斥候を責めるのは酷というものか。現場は見通しのよい荒野であったとか、神の恩寵を得たわけではない凡俗にはそもそも無理な注文であったか)
上から目線ではあるが、教主も一応困難な仕事を押しつけたという自覚はあったので、斥候に八つ当たりするのは止めた。だてに管理職はやっていない。現場への理解を示す事は指導者たる者なら当然の心得である。
(ともあれ、現場での情報収集には後れを取った。しかし、何を発見したにせよ、結局は王都に報告が行く筈。そして恐らく、発見したものとは考古学上の何かであろう。ならばその辺りに網を張っておけば、探り出す機会も巡ってこよう)
教主は次の策を練り始めた。
明日も本章の続きになります。




