第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 18.再びマーカス(その1)
「砂金の件が漏れただと!?」
「落ち着け、そうではない。……いや、表面的にはそうなのだが、実際の経緯はまた違っているのだ……多分」
「訳の解らん事を言ってる場合か!」
マーカスがひた隠しにしてきた砂金の件が大っぴらになったと聞いて、取るものも取りあえず慌てて飛んで来たら、何やら要領を得ない事で煙に巻くような対応をされた。これで立腹しない方がどうかしている。
「いや、別に煙に巻こうとしている訳ではないのだが……ともかく落ち着いて気を鎮めろ。豪くややこしい……いや、そこまでややこしくはないか。……とにかく信じられん……と言うか、信じたくなくなるような話なのだ」
説明に苦慮する体の同僚を見て、馬鹿にしているのでも誤魔化そうとしているのでもないようだ――と、少しだけメートルを下げる国務卿。苛立ち腹立ちを呑み込んで、漸う話を聞いてみれば……
「……つまり何か? 砂金の事実が露見した訳ではなく、その事実をそっくりなぞったような仮説が巷間に流布している……と?」
「おまけに噂の出所はテオドラムらしい。……どうとも反応し難いのが判ってもらえたか?」
……成る程。肯定は勿論、下手に否定しても、いや――それどころか笑殺しようとしても、何か余計な勘繰りをされそうな気がする。ノーコメントを貫くのが最善のように思えてくる。
事情が解ってみれば確かに、
「うぅむ……」
――と唸るしか無いではないか。
「ともあれ――だ。これについては聞かざる言わざるで惚け通しておくのが無難なのだが……そうも言っておれんような事態が持ち上がってきた。それも二つ」
「何だと……?」
今でさえ頭を抱え込みたいくらいなのに、それを上回る難題が降りかかって来たというのか?
「難題と言うか……最初の一つは上申だな。ただ、言い出しっぺはファイドル将軍だ」
「……面倒が確定したようなものではないか。……それで、何と言ってきたのだ?」
「うむ。この『仮説』の件だが、どこをどう辿ったものか、既に『岩窟』駐屯の兵士たちの知るところとなっているらしい」
「……〝上申〟と言うからには、それだけではないのだな?」
「あぁ、ここからが本題だ。砂金が実際にアレした事については、発見した者たちに厳重な箝口令を布いておいたので、未だに発覚してはおらんそうだ。が――無関係な者たちの熱意が凄いらしくてな」
「……喜ぶべきか悲しむべきか、悩むところだな」
「諦観をもって事実だけを冷静に受け止めるのが最善だと思うぞ? ……ともかくだ、熱意溢れる者たちが、積極的に四方八方へ試掘坑を延ばしているのに、自分たちだけが一ヵ所で砂金を掘り続けているのは、悪目立ちするのではないか……と、言うのだな」
「……言われてみれば、そんな気もするな」
仮令身内の間であっても、この件について不審を抱かれるのは避けたいところだ。それを踏まえた上での意見具申だとすると、ファイドル将軍は何を言ってきたのか?
「それなんだが……硬い岩盤にぶち当たったとか何とか言って、新たな場所を掘り進めてはどうかと言うのだな。要は砂金の採掘を、一旦中断する訳だ」
「ふむ……」
少し前まで国務会議は、思いがけず得られる事になった砂金の処置に頭を悩ませていた。その砂金の採掘を、目立たぬ形で中断する恰好の機会だと思えば……成る程、これは聞き捨てにできない提案だ。
「だが……砂金層へ至る坑道はどうする? そのままにしておくと迷い込んで、砂金を発見する者が現れんとも限らんぞ?」
単純なのは見張りを置いておく手だろうが、そんな事をすれば人目に付くのは解りきっている。しかし、放って置くのも不用心ではないか?
「そこで〝硬い岩盤にぶち当たった〟という口実が活きてくる。土魔法で坑道を封鎖してはどうか――と言うのだよ」
「土魔法……うーむ……」
「幸いにして、或る程度の土魔法を使える者がいるらしくてな。こういう事を思い付いたようだ」
「う~むむ……」
泥縄と言えば泥縄なのだろうが、それにしては悪い手でないように思える。不審を抱かれる前にその芽を摘み、なおかつ懸案だった砂金の処置にも貢献できるというのなら……
「……悪い話ではない……少なくとも、一考の余地はあると思う」
「では、この話は正式に会議で諮る事にしたいが?」
「あぁ、異存は無い」
これで話は終わったかと思いきや、
「まだだ。面倒な話は二つあると言っただろう」
「あぁ……そうだったな。……もう一つとは何だ?」
何となくの胸騒ぎを覚えつつも、一応は礼儀として訊ねてみたのだが……
「例の『仮説』を真に受けた欲深どもが、『岩窟』の周辺に現れては、そこらを穿り返している。連中が〝川の上流〟を目指してマナステラへ入り込むような事があれば、こっちに鉾先が向く可能性がある。その前に対処の方針だけでも決めておきたい」
――予想どおりの面倒な内容に、話を振られた男は天を仰いだ。




