第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 17.ホラを吹く者、踊る者~ケルからの報告~
『クロウ様、ご賢察のとおりでした』
『……と言うと、マーカスの兵隊どもも、あの与太噺を真に受けてるって事か? ……マジか……』
金鉱絡みの与太噺が「岩窟」駐屯兵の耳に入った場合、下っ端兵士のモチベーションに影響する可能性がある。ここ「岩窟」は娑婆とは隔離されているようなものだから、件の噂が「岩窟」に伝わるのはまだ先の事になると思うが……それでも万一という事がある。
そう気を廻したクロウが、ケルに兵士の様子を監視するよう指示したところ……
『回収した魔素の量がマーカス側では、先月比で十~三十%ほど増えていました。……まぁ、部署毎に違いはあるようですが』
ダンジョン側としては兵士の作業状況を直に監視したいところなのだが、生憎と作業の現場は〝ダンジョンの領域外〟なのでそれは難しい。まぁ、一旦ダンジョン化された場所では、壁も床も掘削などできなくなるから、掘削作業を行なわせるにはダンジョン化を解除するしか無いのであるが。
しかしダンジョン化を解除すれば、作業の現場はダンジョン領域内ではなくなる。つまり監視の網から外れる。ゆえに次善の策として、作業現場の近くで回収できた魔素の量から、実際の作業量を推定しようとした訳だ。
ちなみに、ダンジョンに滞在する者が自然と放出する魔素の量は、ダンジョン内での活動強度に比例する事が知られている。
『態々〝マーカス側〟と言うからには、テオドラム側はそうじゃないんだな?』
『はい。〝大元の金鉱があるのは、「災厄の岩窟」よりも上流側〟という条件のせいか、テオドラム側では明瞭な変化は見られませんでした』
『ありもしない金鉱を探して、無駄な元気を出すのも――って考えたんだろうな』
『あとですが、マーカスでも実際に砂金層を発見した者たちは……』
『そこまで熱中してはいない――か』
『はい』
噂の真相を知っている者として、冷静な態度――と、幾許かの優越感――を持って臨んでいるらしい。
ケルからの報告を聞き終えたクロウは、ふむ――というように考え込んだ。
根も葉も無い噂話を真に受けたマーカス兵がやる気を見せて、ダンジョンの拡張がスピードアップしている。ダンジョンロードの職にある者として、この状況にどう対処すべきか。
孰れ話が与太だと知れれば、ヒートアップした掘削熱も落ち着くだろう。言い換えると、ダンジョン拡張のペースも落ちる。が……ダンジョンを管理する者として、それは面白くないではないか。
(……何らかの「飴」を与えてやるべきなのか……?)
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ちなみに、クロウをして不思議がらせた情報伝達の迅速性であるが、タネを明かしてしまえば何の事はない。冒険者からの伝聞であった。
マーカスとテオドラム二国の境界上に厳として存在する「災厄の岩窟」。そこへの部外者の立ち入りを阻止するため、ダンジョンの周辺部では駐屯部隊によるパトロールが行なわれている。そのパトロール班が、「岩窟」の近くを彷徨いている不審者の一団を発見。包囲制圧しての訊問の結果、件の噂を確かめんものと穴掘りを敢行すべくやって来た……という、噴飯ものとも脱力ものとも判じかねる事情を聴き知ったのである。
与太噺を知った兵士たちは、〝兵は要領を以て旨とすべし〟とばかりに、上官に報告して口止めされる前に仲間内で情報を共有。その結果、駐屯部隊の末端までこの話が知れ渡ったという事なのであった。




