第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 16.ホラを吹く者、踊る者~シャノアからの報告~(その3)
『最初にこの話を聞き付けた精霊だけどね、「金鉱」と「岩窟」という言葉が出たんで、耳を澄ましていたそうなの』
『ふん……それで?』
マーカスの兵士が「災厄の岩窟」の未ダンジョン化部分で砂金の鉱床を発見した事は、ダンジョンロードたるクロウも既に承知している。マーカスでは即座に箝口令を布いたようだが、口さがない下っ端の兵士が口を滑らせたんだろう。
そう思っていたクロウであったが、
『それがね……どうも話の出所は、テオドラムの冒険者みたいなのよね』
『何だと……?』
思いがけない国名と職名が飛び出して来た事に、クロウも驚きを隠せない。
マーカスがひた隠しにしている事実を、テオドラムがまんまと探り出したというのか? しかもその情報を、冒険者を使って広めている?
『……テオドラムは一体何を考えている?』
クロウが即座に思い付いた説明は〝嫌がらせ〟というものであったが、今、このタイミングでテオドラムが、マーカスに嫌がらせを仕掛ける理由が思い付かない。冒険者ギルドまで巻き込んでいるとなると、これは相当に大掛かりな作戦の筈。然るべき理由無くしては、実行の裁可が下りないだろう。
『それなんだけどね、どうも話が一定してないみたいなんだって』
『…………何だと?』
「災厄の岩窟」から帰還した一人の兵士が吹聴した「仮説」は、その場で聴き耳を立てていた者たちの心を動かした(笑)と見えて、瞬く間に人口に膾炙していった。危機感を覚えたテオドラム王国が流言の統制に乗り出したものの、それは却ってこの「仮説」の妥当性・信憑性を高めるという結果をもたらした。もしも他愛の無いデマならば、お上が躍起になって口封じに動く必要など無いではないか。
斯くして、「災厄の岩窟」に関する噂話はこのネタ一色に塗り潰され……るような事にならないのが「噂」というやつである。
何しろこの話は、大変良くできてはいるものの、それでも一介の「仮説」でしかない。「災厄の岩窟」の上流側に未知の(?)金鉱があるというのは、確かに夢のある話だが、それを証明するエビデンスは知られていないのだ。
一方で「災厄の岩窟」では、金以外にも様々な宝石(笑)や古代金貨などが回収されたという実績がある。おまけに娑婆の一般人は、ダンジョン駐屯の兵士たちが日々ダンジョン内を掘っている……などとは夢想だにしていない。
〝一般的な〟常識に従えば、破壊不能のダンジョン内で穴掘りなどができる訳が無い。「災厄の岩窟」ではダンジョンロードたるクロウが、兵士たちにダンジョン領域を拡張させようと目論んだためにこういう事態が出来しているのであって、本来ならあり得ない状況なのだ。
片や説得力はあるが実証に欠ける仮説、片や実証はあるが説明の付かない現実。……この食い違いをどう統合して金鉱石の謎を説明するか。
……結論から言えば、誰も整合的な説明を提示できなかったために、怪しげな風説が百出横行する事になったのであった。その中には、埋められた金貨が風化して砂金を生み出し、それが流出して金鉱石の元となった――などという、説得力の有るような無いような、思わず首を捻りたくなるような怪説もあった。
『何しろ内容が内容だから、一部でひっそりと囁かれているみたいなんだけど……』
『……けど、何だ?』
『うん。どうもね……食い違う説明を耳にしたら、それを誰かに話したくなるみたいで……』
『あぁ……〝ひっそり囁かれている〟割には、速いペースで拡がってるわけか』
『そうみたい』
元々はテオドラムの国内で囁かれていた噂話、それだけで終わる筈だったのだが……
『テオドラムからマーカスに動いて来た冒険者が、この話を面白がって言い触らしたみたいなのよね』
――この段階までは、まだ面白可笑しい小咄に過ぎなかったらしい。……基本的に定住民であるテオドラムの農民たちにとっては。
ただ、この話に含まれる〝一抹の可能性〟を無視できなかった……或いはそれに魅入られた者たちがいた事で、話はややこしい方向に転がり出す。
その片方は冒険者。基本的に根無し草である彼らにしてみれば、〝金の採れるかもしれない場所〟があるのなら、現地へ行って確かめるのは順当な行為である。上手くすれば一山当てる事ができるかもしれないではないか。
そして、もう一方は商人たち。予てから〝マーカスが掘り当てたダンジョン金鉱〟のネタに目を光らせていた彼らが、この〝説得力ある仮説〟を耳にしたわけである。彼らが鬼の首を取ったように舞い上がったのは当然であろう。
そして……この二者がそれぞれ勝手に動き出した事で、「岩窟」発のゴールドラッシュは新たな局面を迎えるのであった。




