第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 12.マナステラの波紋~テオドラム王城~(その1)
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シャルドに派遣したレンドとスキットルの二人は、当初の目的を曲がりなりにも達成して恙無く帰国した……というのがマナステラ王国側の認識であったが、これを一転して他者の立場に立って眺めると、また違ったものが見えてくる。
……最初にその「幻影」に惑わされたのは、少し意外な事にテオドラム。その切っ掛けを作ったのは、これまた意外な事に経済調査局の調査員であった。
ひょんな誤解と勘違いから、マナステラへの疑惑と警戒を強めたテオドラムであったが、生憎と国境を接していない彼の国へまで、テオドラムも密偵を派遣したりはしていない。彼らの乏しい手札の中で唯一使えそうだったのが、イラストリアに潜り込ませた経済調査局の調査員であったのだ。
彼らには彼らの任務があるので、それを放ってマナステラに潜入などはさせられない。せめてイラストリア国内で可能な限り、マナステラの動向に注意を払っておくように……と指示を出そうとしていた矢先、折良く――もしくは折悪しく――シャルドに滞在していた経済調査局の調査員が、それこそ夢のようなタイミングの良さ――或いは悪夢のようなタイミングの悪さ――で、飛び切りのネタを拾って来た。
……〝知人に頼まれてドワーフの酒器を探しに来たという二人組がいた〟――という、そのネタを。
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「……当の調査員は、雑談のタネぐらいにしか思っていなかったようだがな」
「まぁ、アラドとシャルドでは距離があり過ぎる。話が遠いのも已むを得まいよ。それより、その〝二人組〟というのは……?」
「残念ながら、件の調査員もその場に居合わせた訳ではない。縦んば居合わせたとしても、肝心の〝二人組〟の人相風体を知らぬのでは、判断の下しようもあるまい」
憮然たる中にも素っ気無くマンディーク商務卿が返した答えに、内心で残念と思いつつも、ジルカ軍需卿が宥めるように言葉を連ねる。
「探しているのが『ドワーフの金盃』というだけで充分だろう。このタイミングでそんなものを探す者がそうそういるとも思えんし……いたらいたで、そっちの方が問題だろう」
――まぁ実際、シャルドを訪れていた〝二人組〟というのは正しくレンドとスキットルであったのだから、ここまでの判断に誤りは無い。
……話がおかしくなってきたのは、そこから先である。
「状況を整理してみよう。シャルドの古代遺跡から、またしても黄金造りの財宝が出土した。頃合いを同じくして――と言うほど発掘の正確な日時は判っておらんが、ともかく相前後して――マナステラの密偵が、『ドワーフの金盃』の行方を尋ねてアラドへ現れた。ちなみに件の金盃とやらは、寸前でどこぞの貴族が買って行ったそうだ」
――確かに、大まかなスケールで論じるのなら、メルカ内務卿の発言にも大きな間違いは無い。
「問題は、この事実をどう解釈するかだが……」
「……やはりこれは、シャルドでの出土品が契機となってマナステラの追跡行動を誘発した……そう考えるのが妥当ではないか?」
「うむ、因果関係が逆――マナステラが金盃を探したのが原因となって、シャルドで財宝が発掘された――というのはあり得んのだからな」
「同意する。その因果関係で間違い無いだろう」
……違う。
確かに〝逆の関係〟というのはあり得ないかもしれないが、〝無関係〟という可能性は棄却されないし、実際にもそれが事実である。
しかし、〝同じ頃に同じような金製品が絡む出来事が出来した〟という事実に目を奪われると、〝二つの事象は互いに無関係であり、同じ頃にそれが起きたのは偶然の一致〟という解釈を想起できないのも、まぁ無理からぬ事であった。
ただ――この最初のボタンの掛け違いから、話は事実と大きな乖離を見せ始める。




