第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 8.テオドラム~ニコーラム・アインベッカー教授宅~(その2)
嘗てテオドラムの「災厄の岩窟」駐留部隊はクロウの逆鱗に触れて、泥炭の採掘地から締め出された事がある。困った彼らが採った方法というのが、坑道のマッピング結果を基にして、封鎖箇所を迂廻するという打開策であった。その際の副産物めいたものとして、駐留部隊はそれなりに精度の高い「岩窟」の地図を得ていたのである。
その情報を当たり障りの無い範囲――泥炭の採掘地がマーカス領を侵犯している可能性などは漏らせません――で教えられたアインベッカー教授の返答は、
「ふむ? ……確かに、手懸かりぐらいにはなるかもしれんな」
――というものであった。
ちなみに、地球世界で言うところの「泥炭」は、湿地や湖沼に生育していた水生植物やコケ類が堆積して炭化したものである。「災厄の岩窟」に分布する泥炭がどのような環境下で形成されたものかは判らないが、目下の時点で確認された事実として、泥炭のある層は現在の河道に沿う形……と言うか、河道の両側に拡がるように分布している。
「……堆積層があるという事は、あの辺りは浸食や運搬よりも堆積の作用が優っていたという事、つまりは流れが穏やかであったと考えられる。どこぞの暴れ川のように頻繁に河道を変える事は無く、それが今も続いていると考えるならば……ふむ、水路に沿って探すというのはありかもしれんな」
こうして〝宝探し〟の手懸かりが得られた訳だが……待て暫し。
「……けど……だとしたら、これまで散々泥炭を掘っているのに、砂金が見つからなかったのはなぜだ――って話になりますよね?」
作劇――どうせ仮定の話なんだし――上の矛盾に気付いて悄気たような声を出す。
「ふむ……金の粒は小さいので、泥炭に混じっても気付かれなかったという解釈は可能じゃが……それだと話として面白くないのぅ」
「ですよねぇ」
何とか都合の好い説明をこじつけられないかと、二人して知恵を絞った結果、
「……こういうのはどうじゃな? ほれ、金というのは重いから、比較的早めに沈む訳じゃ。なので泥炭地よりも上流側に集積しておるとか」
「あー……ありそうですね。……でもそうすると、テオドラムの領土内にはありませんか、砂金」
残念そうな口ぶりで男が言うが、教授はいやいやと首を振る。まだまだ諦めるのは早い。ドラマティックな山場を作るためにも、ここはもう一工夫してみようではないか。
「諦めるのは尚早じゃよ。巨大な湖ともなれば、そこに流入する河川が複数あってもおかしくはあるまい?」
「あ……それなら希望は持てますか」
「うむ。堆積した土砂の粒度などから、河道の跡地らしい場所に目星を付ける。砂金だけが選択的に沈澱しておる場所を探すのなら、流れはそこそこあった方が好いじゃろう。泥炭が堆積しておらんようなのが狙い目じゃな」
「なるほど……」
――これなら視聴者も満足するだろう。
その後もあれやこれやと盛り上がったが、
「けど先生、砂金って事は、どこかに大元の金鉱があるって事ですよね?」
「もしくは〝あった〟じゃな。疾うに掘り尽くされた金鉱の名残かもしれんし」
「あー……成る程、その可能性もありましたか。……けど、あの辺りに金鉱とかありましたか? 〝上流〟という事ならマーカスですかね?」
「とは限らんよ。マーカス領よりもっと〝上流〟の可能性もある。まぁ僕も詳しくは知らんが、マーカスで砂金が採れたという話があるのなら、更にその上流側を調べるのもいいかもしれん」
「マーカスの更に上流というと……」
「さて……マナステラか、それとも彼の『神々の東廻廊』か、或いはモルファンの領土内という可能性すら考えられるの」




