第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 7.テオドラム~ニコーラム・アインベッカー教授宅~(その1)
「漂砂鉱床……ですか?」
「うむ。解り易い言い方をするなら、砂金がその一例じゃよ」
「はぁ……砂金ですか……」
罪の無い世間話の体でいきなり核心に迫るキーワードを吐いたのは、テオドラムでも屈指の古生物学者として名高いアインベッカー教授。場所はニコーラムにある教授宅。
話の相手は「災厄の岩窟」駐留部隊の一人。より具体的に言うのなら、一年ほど前「岩窟」で泥炭が発見された時、その報を持って王都へ向かった男である。
その途中でアインベッカー教授の許へ立ち寄り、泥炭についての簡単なレクチャーを受けたのだが、その時は事態が七転八倒の勢いで切迫していたため礼に訪れる時間が取れず、今になって漸くその時の礼を述べに教授宅を訪れていた……という次第なのであった。
そこでの茶飲み話の中でふと話題に上ったのが、「災厄の岩窟」で出土する金の事。あの辺りは地質的に見ても金が産出する場所ではない。なのに、岩窟では現実に金が採れている。
まぁ金とは言っても、ダンジョンの中で「ドロップ品」紛いに得られる代物だ。そこにダンジョンマスターの意向が働いているのは確実なのだから、産出地を云々するのは意味が無い。どこか他所から持って来たという事だって考えられる。
……というのは文句の付けようが無い正論ではあるのだが、それだけで話を終わらせてしまうのは面白くない。〝ダンジョンで得られる謎の金鉱石の出自〟とは、これは甚く盛り上がれそうなネタではないか。
そこは教授も浪漫を解する学究の徒――教授本人の弁に拠れば、考古学者などやってる連中は大抵そんなものらしい――であるからして、この手の話は大好物である。やいのやいのと盛り上がる中で出て来たのが、「漂砂鉱床」という可能性なのであった。
「化石の出土状況に鑑みるとじゃね、『岩窟』の辺りは湖成層……湖底の堆積物に由来する地層だと考えられる。実際に地下水も豊富なようじゃしね」
「ははぁ」
テオドラムの「岩窟」駐留部隊では、豊富な地下水の汲み上げが重要な任務となっている。どころか、嘗てはその豊富な水量が仇となって、掘削作業中に出水事故に見舞われた事もあるのだ。水脈――と水害――に恵まれているのは事実である。
うんうんと納得している男の前で、アインベッカー教授は更に言葉を紡ぐ。
「しかも――じゃ、化石の出土地点や土質の分布から判断した限りでは、その湖成層の範囲は相当に広い。つまり彼の地には、嘗て広大な湖が存在したと考えられる」
「ははぁ」
「湖とくれば流入する河川は付きものじゃ。そしてその川は、湖成層の素となる堆積物を運んで来る……川の上流から、の」
「川の上流……」
「そこに――じゃ、話に出て来た黄金というネタを絡めるならば……」
「……出て来る答えは『砂金』という事ですか……」
確かに、何の証拠も無い(笑)憶説妄想には違い無い。しかし、同僚との茶飲みに出せば盛り上がれそうなネタではあるし、もう少し追究を続けてみるのもいいだろう。どうせ他愛も無い与太噺。誰の迷惑になる訳でもないではないか。
「もう少し範囲を絞り込めませんかね」
「絞り込むと言われてものぉ……過去の水路の位置など、調べようが無い訳じゃし」
それもそうかと一旦は納得しかけたが、その時不意に思い出した事があった。
「堆積した時代は違うかもしれませんが、泥炭はほぼ現在の水路に沿って分布しているようです。手懸かりにはなりませんか?」




