第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 6.マーカス~王都マイカール・マーカス王城~(その2)
話をややこしくしているのは、「岩窟」からの金の産出が未だに衰えを見せないというその一点にある。勢い、搬出の回数もそれだけ頻繁にならざるを得ない。或る程度の量を纏めて運ぶ事で、回数を抑える事は可能だろうが、
「何しろ金というのは重いからな」
「うむ。あまり荷物を重くすると、作業時に違和感を抱かれる虞がある。保管中の警備の問題は言わずもがな」
「面倒だが小忠実に運ぶしかあるまい」
「だが、そうすると必然的に人目に付く機会も多くなるぞ?」
「悩ましいところだな……」
「その場合、運び込む先はニーダムとなる。警備の強化は再開発に紛れ込ませる事も出来るだろうが、そうなると……」
「……あぁ、道路整備に加えて、ニーダムの再開発も同時進行になるのか……」
面倒な話が積み重なっていく事に、力無く肩を落とすしか無い国務卿たち。
「いっその事、金の採掘は一時中止にするか? 保管するべき砂金が無いなら、警備の問題も生じんだろう」
「いや、財務卿として言わせてもらえるなら、それは避けたい。ニーダムの整備と再開発の事を考えると、手の届くところにある資金源を利用しないというのは承服できん」
「あぁ……それがあったな」
「それにだ、砂金の濃集層の規模を考えると、テオドラムが同じような金鉱床を見つけないという保証は無い。最悪、テオドラムが金を着々と回収し、我々はそれを指を銜えて眺めているだけ……などという事にもなりかねん」
「それは……確かに容認できる話ではないな」
三つ巴の事業遂行待った無しという窮状に、マーカス王国の国政を預かる国務卿たちは揃って頭を抱える。うち一つが資金捻出に繋がるのが唯一の救いである。
「……忌々しい状況は状況としてだ、機密保持の具体的な方法はどうする?」
「そこはもう、現場の人間に差配してもらうしかあるまい。丸投げのようで気が引けるが、現場の状況を弁えぬ者が、偉そうに指示を出しても混乱するだけだ」
「確かにな。……現場から上がって来た要望を、可能な限り叶えてやる。それくらいしかできる事は無いように思う」
とりあえず基本的な、かつ大まかな方針を決めた上で、実務は現場に丸投げする。その代わり、責任は全てこちらが負う。
いい加減開き直った首脳部が、そう「骨太の指針」を決めたところで……余計な事を言い出す者が現れるのが世の常である。
「少し気になる事があるんだが……」
「いや、何も気にする必要は無い」
「うむ。余計な事はパーッと忘れて、今は方針が決まった事を寿ごうではないか」
「いや……その〝基本的な方針〟に関わりかねん事なんだが……」
「だから――気にするなと言っている」
「そぅそぅ。些細な事を気にしていると寂しくなるぞ? ……どこがとは言わんが」
「うちの家系は違う!」
浮かび上がりかけた懸案事項を数の暴力――と暴言――で封殺しようと謀り、そして済し崩しのうちにそれに成功しかけた大多数であったが……貧乏籤担当の良識派というのも、やはりどの組織にもいるらしい。心底嫌そうに深く溜息を吐くと、
「……そのくらいにしておけ。何か懸案があるのなら、それを吟味するのが我らの務めだろう。……陛下に話を持って行く前に、な」
道理というものは強いもので、多数決の暴力を以て正論を封殺しようとしていた者たちも、渋々といった感じで引き下がる。……「陛下」の一言が効いたのかもしれないが。
「気になっているのはな……我々が金を採掘するのを、あのダンジョンマスターが温和しく座視していると思うか?」
この意見は居並ぶ一同の意表を衝いたようで、黙したまま互いに顔を見合わせる者が続出した。……ダンジョン内で産出した以上、ダンジョンマスターの采配のうちではないのか?
「報告書を能く読んだのか? あれには〝金を採掘した〟となっていただろうが。……ダンジョンの壁や地面は基本的に破壊できない。無論、掘削もな」
「あ……」
「待て……そうなると……」
「砂金が産出した場所は、未だダンジョン化していなかった……そう考えるのが妥当だろう。つまり――ダンジョン内で砂金が発見された事自体、ダンジョンマスターの想定外であった可能性がある。ついでに付言しておくと、この件に関してダンジョンマスターの作為を疑う余地は無い――とも言える」
「うぅむ……」
「これはまた……ややこしい話になってきたものだな……」




