第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 5.マーカス~王都マイカール・マーカス王城~(その1)
「参った……完全に目算を狂わされた……」
「どうする? 改めて計画を立て直すか?」
「そんな事ができるか! 既に陛下からも裁可を戴いているんだぞ。今更どの面下げて〝計画に見込み違いがありました〟……などと言い出せる!」
「……我らの面目はともかくとして、既に動き出している計画を今になって変更するとなると大事になる。それに、テオドラムがどんな反応を示すか判らん」
「……そうだな。どうにかして計画を摺り合わせるしかあるまい」
マーカス王城の一室で国務卿たちが、額を寄せ集めて悩んでいるのは何かと言うと、先だって「災厄の岩窟」で発見された金鉱床の件である。
ただし悩みの眼目は、ファイドル将軍が懸念していたような機密保持の事ではない。それよりもっと根本的な問題に関わるものであった。
抑間違いの素となったのは、「岩窟」駐屯地から寄せられた、〝土中に金の粒が含まれていた〟という報告にある。送られて来た試料を専門家に見せたところ、砂金ではないかとの意見が寄せられた。……ここまでは何の問題も無かった。
「砂金」の含有率がそれほど高くなかった事もあって、国務卿たちは金の埋蔵量もそこまで多くないものと判断したのだが……豈図らんや、砂金の濃集層の範囲が想像以上に広大であった。結果として、マーカスが手に入れる事になる砂金の量も無視できぬ規模に達する見込みとなったが、それをうっかりと失念していたのである……駐屯地から送られて来た砂金の量を見て気付くまで。
いや、マーカス王国が思いがけぬ臨時収入を得た事自体は大いに喜ばしいのだが、生憎とタイミングが最悪であった。
「……テオドラムの経済侵略策に対抗するため、ニーダムの強化を図る。その一策として、『岩窟』とニーダムを結ぶ道路を整備する。……その計画が動き出した矢先だというのに……」
「テオドラムが軍事侵攻を企図しているのなら、それに対する威嚇と牽制として。経済侵略を計画しているのなら、それに先んじてニーダム周辺の物流を活溌化してやる事で、一方的な併呑に抵抗する。……悪くない策だと思っていたのだが……」
威嚇と牽制を眼目としている以上、この計画はテオドラムに知られる事を前提としている――ここまではいい。
問題なのは、その〝人目を引くであろう新街道〟の一端が、選りにも選って「災厄の岩窟」だという点にあった。
「『岩窟』が注目を浴びる事が確定している正にそのタイミングで――」
「『岩窟』が注目を浴びては拙い事態が出来した訳だ。人生というのも中々どうして油断できんな」
「暢気に感心している場合か!」
商業ギルドとテオドラムが、「災厄の岩窟」のマーカス側に金鉱床があるのではないかと疑っている正にそのタイミングで、「災厄の岩窟」とニーダムを結ぶ新道が整備される。……ギルドとテオドラムがどういう結論に至るか見物であろう。
「威嚇と牽制という当初の計画を成功させるためには、何よりもテオドラムにその事を理解させねばならん。他の事案に気を取られるなど、以ての外だ」
「……要するに、砂金の件を気取られる訳にはいかんという事だな」
となると問題は、砂金の件を隠し果せるかどうかという点に絞られる訳だが……
「幸か不幸か、採掘作業自体は目撃される余地は無い。つまり、採掘された金を隠し通せるかどうかが肝になる」
「搬出時が問題になる訳か……」
「いや待て。運び出す時人目に付くというのなら、当座は現地で保管するというのはどうだ?」
「馬鹿な。ただ積み上げておくだけで利用できぬ金など、何の価値がある」
「それにだ、金を保管するとなると、相応に警備も強化せねばならん。テオドラムの目の前でそんな真似をすれば――」
「……何かあると大声で触れ廻るようなものだな」
――という事で、改めて金の搬出方法が問題となる。
「……やはり、道路整備の資材などに紛れ込ませるしか無いか?」
「ここと王都を往き来する便はそこまで増やせん。疑いを招くだけだからな」
「となると……金の移動と道路整備は、同時進行させるしか無いか」
「面倒な事になった……」




