挿 話 ゲートフラッグ
こちらも挿話です。
『小屋に花が咲いた?』
その日、いつものように洞窟に出勤した俺を迎えたのは、ウィンからの不可解な報告だった。
『……ウィン、あの山小屋の壁になっている材木は、伐ってから十年以上経ってるんだぞ。いくら何でも花を咲かすって事はないだろう』
『はぁ……自分でもそう思うんですけど、子供たちが騒いでいるもので……』
子供たちが?……そういや、畑の管理を任せていたっけな。あ、ちなみにウィンの子供たちには名前を付けてやった。エナ、ジオ、トゥリ、テセラ……って、そうだよ、現代ギリシア語の数詞だよ。本人たちは気に入ってるようだから問題ないだろう。
ともあれ、話を花に戻そう。現場に行けば判るだろうという事で、皆で現場に向かうと……
『……咲いてるな』
『咲いてますねぇ』
『きれぃですぅ』
『可憐なものですな』
壁に花が咲いていた。
正確に言うと、山小屋の壁にいつのまにか生えた着生植物が開花していた。本体のサイズの割に、大きくて目立つ花をつけている。地球世界のランに近いのか?
『おお、クロウ、お主たちも見物に来たのか』
爺さま?
『爺さま、こんなのが生えているって知ってたんなら、もっと早く教えて欲しかったな』
『いや、何、精霊たちも花が咲いておらぬ草などには、興味がないようでのう』
あぁ、そう言う事か。
『それで、爺さま、この花は何なんだ?』
『うむ、ゲートフラッグとかゲートフラワーとか言われておってな、魔力溜まりなぞによく生えて、そこに漂う魔力を吸って成長するのよ』
……何、だと?
『ゲートの名は、ダンジョンの入口などによく生えるからじゃな。冒険者や探索者が目印代わりにする事もある。なので、オッドスポッターとかダンジョンスポッターなどとも言われておる』
……異常を見つけ出す者だと!?
『ちょっ! 爺さまっ、落ち着いている場合じゃないだろう! いやっ、爺さまにとっちゃ他人事なのかもしれんがっ……』
『うん? どうしたのじゃ? 何をそんなに慌てておる?』
『これが慌てずにいられるか!? ここはダンジョンでございって言ってるようなもんじゃないか!』
『……大丈夫じゃろう。別にダンジョンにだけ生えるというわけでもなし。魔力が濃い場所ならどこでも生えるもんじゃ』
『だからっ! ただの山小屋なのに魔力が濃いなんてのがそもそもおかしいだろうが! しかも、俺が借りて早々に生えたなんて事になったら……』
『……やはりおかしいかのぅ……』
当たり前だ!
『……引っこ抜く!』
そう決断したのだが、爺さまだけでなくうちの子たちからも酷いブーイングを喰らった。
『えーっ、マスター、こんなに可愛いのに、それは無いですよーっ』
『ますたぁ、このままじゃぁ、だめ?』
『か弱い者を守るというのがご主人様のモットーではございませんか?』
『……主様……どうしても駄目ですかぁ?』
『折角……咲いたのに……可哀相な……気が……します』
まるで鬼畜呼ばわりだった。
『……引っこ抜くとは言ったが、枯らすと言ったわけじゃないぞ? 別の鉢か何かに移すだけだ』
『まあ、それなら許容範囲かのう』
……随分と上から目線だな、爺さま。……さては、俺が引き抜くと言いかねないと思って、わざと黙ってやがったな……。
『でも、マスター、どこに持って行くんです?』
『……俺のマンションにでも持って行くか。あそこなら尋ねて来る者もいないし、もし誰か来ても花の種類までは判らんだろう』
一旦マンションに戻って、着生植物栽培用のヘゴ材の基材――以前にテラリウムを作ったときの余り――を持ち出して、山小屋に戻った。
『……こうして、ヘゴ材に魔力を充填してやって……うん?』
『あれっ!?』
『おや……これは』
『……この子、自分で動いてますよ、主様』
『……爺さま、聞くのを忘れていたんだが、これって植物じゃ……ないのか?』
『こんななりでも植物モンスターの一種じゃな』
マジかよ!
『マスター、この子、向こうに連れて行って、大丈夫ですかぁ?』
『……ハイファ、先輩としてのお前の指導に期待する』
『……頑張り……ます』
首尾よく壁掛けの栽培基材に移ったゲートフラッグは、今も俺の部屋を飾っている。
少し大きくなった。
明日は新章に入ります。




