第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 4.マーカス~「災厄の岩窟」駐屯地~
「要するに、アレは砂金だと?」
「試料を調べた者からの報告では、その可能性が高いと」
「災厄の岩窟」マーカス側駐屯地の指揮官室で、部隊を預かるファイドル将軍――今年に入って代将から昇進――は、気難しげに渋面を作っていた。彼の悩みのタネこそが、先程話に出てきた〝砂金〟である。
何を血迷ったか商業ギルドが、〝マーカスは「災厄の岩窟」内で金鉱を発見した〟などという妄言を真に受けて探りを入れているらしい……という噴飯もの――少なくともその時はそう思えた――の誤解について教えられ、驚き呆れ、ついでに憐れみの笑いを浮かべていたのが祟ったのか、その〝金鉱〟が現実に発見されたという報告を聞かされて、脳内が真っ白になったのである。
これは商業ギルドの呪いか何かかと、一時は真剣に悩んだものの、そんな事で悩んでいる暇があったら適切な処理――上司に丸投げとも言う――をすべきであると気を取り直し、順当に対処したのであった。
とりあえず、部下にはきつく口止めしておいたし、本国への連絡にもその旨釘を刺しておいた。
それからほぼ一ヵ月を経たこの日、本国――将軍たちがいるのも歴としたマーカス国内なのであるが、どうにも島流しされた感が拭えない――からの連絡が届いたのであった。
「……産出量はどうなっている?」
「相変わらずです。増えもしない代わりに減りもせず」
単に砂金が見つかったというだけなら、ファイドル将軍たちもそこまで動揺はしない。将軍を、そしてマーカスの中枢部を悩ませているのは、回収される金の量が一向に減らないというその事実なのであった。
「既に結構な量の土砂を浚えている筈なんだがな」
「砂金の濃集層は尽きる気配を見せていません」
そのお蔭で、回収できた砂金の量はかなりのものになっている。……喜ぶべきかどうかは別にして。
「砂金が得られた事自体は喜ぶべきなんだろうが、テオドラムと面突き合わせている最前線での事だからな。紛争の火種を現在進行形で抱え込んでいる――どころか、はっきり言うと増やしている――事を考えると、手放しで喜べる状況じゃない。おまけに商業ギルドまでが嗅ぎ廻っているんだ。この件が外へ漏れたりしたら……」
「盛大な火の手が上がりそうですね……」
少なくとも、商業ギルドの誤解に余計な油を注ぐ事になるのは間違い無い。
「しかし……砂金だとすると川の上流から流れて来た訳だから……テオドラム領内にある金鉱からの流入という線は薄れるか。不幸中の幸いだな」
テオドラムの国土を貫流する河川の源を辿れば、隣国マーカスからマナステラを経て、或るものは「神々の東回廊」と呼ばれる山脈に端を発し、また或るものはモルファンの山々を水源としている。
地上と河川と地下水脈が同じ方向に流れているとは限らないし、太古の河川流路がどうなっていたかなど知る由も無いが、少なくとも〝テオドラム国内の金鉱からの不法な収奪物〟だと、難癖を付けられる可能性は低くなったようだ。将軍としてみればそれだけでも、気苦労の種が減った気がする。
「まぁそれも、この一件が露見しさえしなければ、ただの杞憂で終わるんだがな」
「無事に隠し通せるとお考えですか?」
「そんな訳が無いだろう。運命とは善人には辛く当たるものだと、お前だって身に滲みて解っている筈だろうが」
甘い期待など抱くものかと言わんばかりのファイドル将軍。自分なりに最善と思われる手は打ってきたつもりだが、そういった数々の善後策の裏を掻き続けてきたのがこのダンジョンだ。「災厄の岩窟」などという名を奉られているのは伊達ではない。
「上の連中はガチガチに箝口令を布いたようだ。態度が急変したりすれば、何かあったと勘繰られるのは理の当然……という発想は、お偉いさん方には無いらしい。
「まぁ、こっちも他人の事は言えん。うちの兵隊どもも、話を漏らさないようにと気張った挙げ句、態度が変わって怪しまれているみたいだからな」
仏頂面の将軍を慰めようとでも思ったのか、
「ですが、ものは考えようです。本国とこっちで挙動不審が続出する事で、疑う対象を絞りきれずに詮索に失敗する……というような効果も期待できるかもしれませんし」
「陽動という訳か? 上手くいったらお慰み――というところだろう」
副官の楽観論には鼻を鳴らしたファイドル将軍であったが、それでも何か思うところはあったらしい。
「陽動と言えば……ここへの道路を整備するとかいう話が持ち上がっていたな……」




