第二百九十三章 災厄ゴールドラッシュ 3.商業ギルド(その3)
ここで、最初の仮説に修正が加えられる。すなわち――
「シャルドの〝古代〟遺跡の金製品と『災厄の岩窟』の〝古代〟金貨……両者の金は同じ金鉱から得られたものなのか?」
……だとすると金の産出地は、両地点からそれほど離れてはいないのでは?
「……未知の金鉱か。いや、必ずしも金鉱脈ではないのかもしれんが」
「本当に実在するのか?」
実にロマンと欲望をそそられる話だが、この手の話を真に受けて破滅した者の話もまた能く耳にする。苟も商業ギルドに身を置く者、頭から信じてかかるのは褒められない。
「いや、そこは……単に話をややこしくするだけかもしれんのだが……マーカスの態度が鍵にならんだろうか」
「マーカスの態度?」
「うむ。マーカスが急に警戒を強めたというのは、シャルドの出土品からその黄金の出所を詮索されるのを嫌っての事だろう。と、いう事はつまり……」
「……マーカスは自分たちの権益を損ねられるのを嫌がった。つまり、マーカスは既に〝金の出所〟を押さえている……」
「ゆえに、〝金の出所〟は実在する。それも、恐らくは『災厄の岩窟』の内部に」
理路整然と演繹された結論に、居並ぶ一同は声も無い。
「……せめて、古代遺跡から出土した金製品の成分組成、それが判ればいいんだが……」
「どんな理由を付けるつもりだ? 仮に百歩譲って、成分組成を調べる事の有効性には同意してもらえたとしてもだ、我々がそのデータを見せてもらう理由が無いだろうが」
道理と説得力のある意見に論破された一同が、揃って肩を落としている時、又候余計な事を思い出した者がいた。
「金の成分組成と言えば……最初にその話を持ち込んだのはテオドラムだったな」
――これは間違いではない。
テオドラムが〝ダンジョン内で産出する金鉱石の品位〟について、商業ギルドに問い合わせたのは事実である。
ただし、この時テオドラムが気にしていたのは〝ダンジョン内で産出する金〟ではなく、マナステラ贋金貨の地金となった金がどこから得られたのかという事だ。その候補の一つとして、「災厄の岩窟」の金鉱脈が疑われただけである。
しかし、〝ダンジョン内で産出する金〟という目覚ましいワードに呪縛された商業ギルドの幹部たちの頭からは、もはや〝「災厄の岩窟」内にある金鉱脈〟以外の可能性は消え去っていた。
そんな彼らが、〝最初に「災厄の岩窟」産の金の成分を気にしたのはテオドラム〟……という先入観――しかも、ニュアンスが微妙に変化している――を植え付けられたらどうなるか。
結論は――
「……早い時期から思わせぶりな謎かけをして寄越した事といい……テオドラムも既にこの件を掴んでいる。そう見て間違いあるまい」
「うむ、確かに」
「……待て。マーカスとテオドラムが別個に金鉱脈を発見しているとすると……その鉱脈は途方も無く巨大という事にならんか?」
「そう……なるか」
「うむ。何しろ二ヵ国の地下に跨る巨大鉱床だ。埋蔵量も天文学的なものになるだろう」
……推論の過程は大間違いなのだが、結論だけはほぼ正鵠を射ていたため、話はややこしい色彩を帯びてくる。
「マーカスが躍起になって隠そうとする訳だ……」
「我々としてもこの件には、細心の上にも細心な注意が必要になるな」




