第二百九十二章 幻のダンジョン、ダンジョンの幻 11.クロウ~瓢箪から駒~(その3
仮にも「ダンジョンロード」という職にあるクロウとしては、断じて容認できるものではない。なら――ダンジョンシードを保護する事は既定の方針となる。
……問題はその後だ。
〝テオドラムとアムルファンの国境付近〟などというデリケートな場所にダンジョンを置くのは、国際紛争の火種になれと言うようなもの。もっと穏便な場所に移すべきではないのか? そう考えたクロウであったが、
『いや、ご主人様。そりゃ、ちっとばかし勿体無かぁありやせんか?』
異論を呈したのはバートであった。
『うん? 勿体無いとはどういう事だ』
『いえね。折角のダンジョン、しかもそれに相応しい場所にあんのが手に入った訳でやすから……』
クロウ麾下のダンジョンは多々あるが、その中にはモローの「双子の迷宮」や「災厄の岩窟」のように、なぜそこに存在するのかの理由付けが難しいものもある。そしてそれらはダンジョンマスターの関与を抜きにしては説明が付かない。つまり、背後にダンジョンマスターがいるのは確実視される。
翻って「ピット」や「怨毒の廃坑」などは、ダンジョン化する尤もな理由があるため、敢えてダンジョンマスターの存在を仮定せずともよい。
『確かに屍体はありゃしませんがね、ちっと目端の利く斥候職なら、ここが屍体捨て場に使われてたなぁ判りまさぁ。瘴気も満々に溜まってやすしね』
『ふむ……不自然でなくダンジョンを存在させられる場所だという事か? 悪くはないが……』
しかし、それは取りも直さず、この未熟なダンジョンシードを人目に曝すという事ではないのか?
『何も今直ぐ――って必要は無ぇでしょう。充分に育つまでは隠しといて、必要に応じて明かしてやりゃあいいんで。けど、そん時に尤もらしい理由が有るか無いかってなぁ、こりゃ大きいですぜ』
……成る程。これは少々考えさせられる話だ。
ダンジョンの存在を隠すにしろ明かすにしろ、テオドラムを欺く手札は多い方が良い。それに……
『一人前のダンジョンに育ててからお披露目してやれば、テオドラムを悩ませる事もできそうだな』
……必然的に巻き添えになるであろうアムルファンの事など、クロウの念頭には存在しないようだ。
ともあれそういった判断から、この窖はこのまま残しておいて、地下に新たな階層を造ってダンジョンとする方針が立てられる。ダンジョンシードは深い階層に移動してやればいいだろう。
『ここの名前はどうするんですか? 主様』
『まだダンジョンになってもいない訳だし、当面は公開する予定も無いからな。命名は後回しにする』
案の定ブーブーと不平を鳴らし始めた眷属たちに、他にもやらねばならない事が山積みだと反論するクロウ。マナステラの新ダンジョンも公開が間近だし、何ならサウランドの近くにも監視拠点を造らねばならない。ここで余計な手間を掛ける暇は無い――というクロウの主張は、眷属たちからも尤もなものとされたのであった。
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さて……精霊たちの調査によって、危険なモンスターもいなければ未知のダンジョンも無いと判明したサウランド近くの国境林であったが……実は、少しばかりおかしな事になっていた。
サウランドの冒険者たちも、魔道具を駆使した調査の結果、あの場所にダンジョンは無いという結論に至っていた。そこまではいい。
よくなかったのは……彼らサウランドの冒険者が、夜間に調査に飛び廻っていた精霊たち……正確にはその発光を目撃した事であった。
一時は鬼火かと騒がれたのであったが、サウランドの冒険者ギルドに事情通がいて、精霊の発光の可能性があると指摘した事で、騒ぎは一旦は沈静化した。何より、鬼火にしろ精霊にしろ、テオドラムの一個中隊を殲滅するような真似は出来ない――言い換えると、そんな危険性は無い――と明言されたのが大きかった。
しかし……ダンジョンが無く危険なモンスターもいないにも拘わらず、テオドラムの一個中隊が何物かによって、甚大な被害を受けたのは確からしい。その「未知の脅威」と精霊――もしくは鬼火――は、何か関係があるのか? 潜在的な脅威である未知の存在が、あの森にはいるのではないか……?
皮肉な事に、ダンジョンの存在が否定された事で却って、得体の知れぬ未知の脅威の存在がクローズアップされる結果となったのであった。




