第二百九十二章 幻のダンジョン、ダンジョンの幻 10.クロウ~瓢箪から駒~(その2)
『おぃシャノア、〝ダンジョン〟というのは……コレか?』
『う、うん。……そうみたい』
『けどぉ、これってぇ』
『ダンジョンと……いうよりは……』
『ダンジョンシードの幼体ですよね、マスター』
『しかもここは、〝テオドラムの国境付近〟には違いございませんが……』
『テオドラムとアムルファンの国境近くじゃのう』
『で……コレ、どうするんですか? 主様』
『うむ…………』
テオドラムの国境付近でダンジョンが見つかったという報せを受けて、〝すわ!〟と勇み立った一同が押っ取り刀で駆け着けてみると、その現場は〝テオドラムとイラストリアの国境林〟ではなく、〝テオドラムとアムルファンの国境付近〟。しかもそこにあったのは、「ダンジョン」と呼ぶのも烏滸がましい程のダンジョンシードの幼体であったのだから、彼らの困惑も一入であった。
どうしてこういう事態になっているのかというと……一言で云えば精霊たちの頑張りによるものであった。
〝精霊たちの大恩人にしてSFXの師匠(笑)でもあるクロウが、テオドラムの国境付近でダンジョンを探している〟
この情報は瞬く間に精霊たちの間に拡散され、奮い立った精霊たちが各地で調査に乗り出したのである。
素より身軽で小柄で隠密に長けた精霊の事、冒険者たちの警戒を楽々と掻い潜って、サウランド付近にダンジョンが無い事、特に凶暴なモンスターなどいない事を確認する。クロウたちの懸念は払拭された。
そして、それだけに留まらず……北街道沿い以外の場所にも探索の手を延ばした結果、アムルファンとの国境付近。「洞窟」と呼ぶのも憚られるような浅い窖、戦中派の日本人なら「防空壕」と称したような場所で、できたてのダンジョン……と言うか、ダンジョンシードの幼体を発見したのであった。
『選りに選ってテオドラムの国境付近とはな……』
何しろ場所が場所だけに、取り扱いも慎重にならざるを得ない。下手をすると「災厄の岩窟」の二の舞である。抑、何でまたこういう微妙な場所でダンジョンシードが発芽したのか。
『それなんだけどね、どうもここって、盗賊たちの屍体捨て場だったみたいなのよね』
『屍体捨て場?』
シャノアが訊き込んできたところでは、ここは街道筋を荒らし廻っていた盗賊たちが、犠牲者の屍体を投げ込んでいた場所だという。
『襲撃の現場を判らなくする事で、拠点の位置を割り出せないようにしてたみたい』
『盗賊の分際で小賢しい真似を……しかし、だとすると犯行現場はこの近くじゃないのか?』
『そうみたいよ? だから怨霊もここにはいないみたい』
シャノアの説明を聞いて、う~むと唸るばかりのクロウ。ここが怨霊の溜まり場になっていたら、転移門の候補地にもできたのだろうが……
『難しいんじゃない? 地形的にも魔力や瘴気が溜まりにくいみたいだし。例外はそこの窖だけど、瘴気が濃過ぎて精霊には居心地が悪いし』
『う~む……』
そう言えば、いつだったかギド――「百魔の洞窟」の代官役――が言っていたではないか。〝手頃な洞窟に獲物の屍体などを運び込んでいれば、大抵は好い感じに瘴気が発生して、運が好ければダンジョンシードがやって来る〟――と。あの説明と同じ事が、実地で起きたという事なのだろう。
動物かモンスターにでも荒らされたのか、投げ込まれたという屍体は影も形も無いが、ダンジョンロードとしての権能で、瘴気が存在しているのは判る。ダンジョンシードが引き寄せられたのも宜なるかなである。
――と、ここでクロウは気が付いた。この場が屍体捨て場として使われているなら、孰れ盗賊がやって来るのではないか? その時、ダンジョンシードはどうなるのか?
……実のところ、ここを利用していた「盗賊」というのは、諸国見廻りの任に就いたカイトたちがガベル~セルキア間で粉砕した連中であり、今後ここを利用する事など無いのであるが……それ以外の何者かが気付く可能性も無くはない。なので、クロウの懸念は充分にあり得るものであった。そして、
『少しばかりややこしい問題になります』
クロウの問いに答えたのは、「ピット」のダンジョンマスターを務めるダバルであった。
『或る程度大きく育ったダンジョンの場合、スタンピードの危険と素材供給の場としての価値、この二つを勘案して、討伐するか利用するかが決められます。まぁ、大抵は素材の需要に押されて、利用する事になるのが殆どです。
『一方で、ここのように若いダンジョンシードの場合、即座に討伐するか、ダンジョンコアにまで育てて素材として収穫するか、それともダンジョンにまで育てて利用するか、その何れかになります。ただ、ここの立地を考えると……』
『……好い感じに育ったところで、隣国の軍なり冒険者なりに掻っ攫われる可能性がある。優先権を主張したくとも、国境付近にあるせいでそれが難しい。……だったら他所に掻っ攫われる前に、一思いに討伐する方が良い……と考えるか』
『その虞が多分にあるかと』
『不許可だな』




