第二百九十二章 幻のダンジョン、ダンジョンの幻 8.マーカス(その3)
「傍証?」
「あぁ。テオドラムにあるニルの宿場だ。あそこは目下、発展著しいリーロットの経済圏に呑み込まれそうになっている。……と言うか、ニルの現状を見てこの策を思い付いたのだと聞いても驚かんな」
「……モルヴァニアもシュレクの村を取り込もうとしているようだしな。テオドラムが同じ事を目論んでも不思議は無いか……」
落ち目のテオドラムも悪謀だけは見事なものだと感心したくなるが……それよりも問題なのは、懸念される事態にマーカスとしてどう対応すべきか。
「理想的なのはこちらの経済力を高める事だが……ニーダムでは難しいか?」
「無理だろうな。都市自体の規模が違い過ぎる。かと言って、今からニーダムに梃子入れしても、恐らくは間に合わん」
グレゴーラムに対してニーダムを強化するという話はあったのだが、あれは飽くまで軍事的なものであって、経済力の強化などは考えてもいなかった。
「それでもやらんよりはマシだろう」
「それはそうだが……サウランドとの取引でも誘致するか?」
「しかし、ニーダム自体にそれほどの旨味は無いだろう」
「テオドラムの真似をするのは癪だが、道路を整備するというのは?」
「整備と言っても、サウランドからニーダムへの街道はそれなりに大きい。今以上の拡充をしても、劇的な効果は見込めんぞ?」
はてどうするか――と悩んでいるところへ、
「街道と言えば……モルヴァニアが何か言っていなかったか?」
「あ……そう言えば……」
「テオドラムとの国境沿いの道を整備するとか……緑化による快適性の向上だったかな?」
「待て、あれは確か……行商人を誘致するための策ではなかったか? 少なくとも、表向きは」
「……あの道をそのまま進めば、我が王都に至るが……我が国でも整備に乗り出すか? モルヴァニアの整備と歩調を合わせると言えば、おかしくはあるまい?」
「待て、話がずれているぞ。問題とすべきはマイカールではなくニーダムだろう」
「いや……ニーダムと『岩窟』を結ぶ道を整備するという話があっただろう。あれは使えんのか?」
「『岩窟』を?」
「確かに……『岩窟』にはそれなりの部隊を駐留させている訳だから、ニーダムの後詰めとして使えなくもないが……」
「それをすると『岩窟』の兵力が心許無くなるぞ。『岩窟』にはテオドラムだってそれなりの兵を置いているんだ」
「そこはマイカールから『岩窟』への派兵を容易にできるような拠点なり道路なりを整備するとか、何か方法があるだろう」
「うむ……考えてみれば、『岩窟』への訪問を希望する者は多くなってきている。イラストリアの『封印遺跡』や『双子のダンジョン』の例もあるし……商人どもを呼び込む手には使えるかもしれんな」
「この件は商務部の方で検討してもらえるか?」
「無論。早速にも取りかからせよう」
――という具合に、ややズレた感じの対策案が纏まりかけた頃、
「一つ気になったんだが……これがテオドラムの狙いだとしても、その大前提として〝北街道の安全性〟がある訳だよな?」
「うん?」
「それはそのとおり……あ」
「そのとおり。もしもサウランド近くの国境林に、ダンジョンなりモンスターなりが居座っていたら……」
「今までの話は全て瓦解する訳か……」
「イラストリアが行なうという調査、あの結果次第という事になるか……」
「イラストリアへの返書には、〝貴国の調査に大いなる関心を寄せている〟旨も記しておいた方が良いだろうな」




