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第二百九十一章 バンクス 6.パートリッジ邸

「どう思うかの?」



 迎賓館に招かれての懇親会を(つつが)()く切り抜け、自邸に舞い戻って来たところで、パートリッジ卿は共犯の二人に訊ねた。


 何しろ王都の歓迎パーティで「古代遺跡」産の遺宝をお披露目(ひろめ)した直後に、王女からの呼び出しがかかったのだ。王女のバンクス訪問それ自体は、五月祭の開催に合わせたものだろうが、パートリッジ卿を指名しての呼び出しとなると、古代遺跡に絡んでのものとしか思われない。となると最も容疑が濃厚なのは、やはりあれら(・・・)の出土品という事になる。


 何しろ「古代遺跡」から出土したのは、人族(ヒューマン)とノンヒュームが共存していた事を示唆する品の数々。共存の事実(笑)自体は「封印遺跡」で既に明らかにされているが、それを二千年程も遡る時代に既に共存の事実(再び笑)があったとなると、マナステラがどう暴発するか判らない。エルフ――名うての感激屋――辺りの熱狂に至っては言わずもがなである。

 そんな危惧から、少なくとも当面の間は共存の件の状況証拠となり得るものについては(だんま)りを決め込み、()たり(さわ)りの無い秘宝――これも大概な言い方のような気がするが、他に言いようが無い――だけを公開する事に合意したのである。


 そんな秘事を抱え込んでいるところへ、大国モルファンの姫君からお茶会(しゅっとう)お誘い(ようせい)である。気を回すなという方が無理な話だ。

 何も知らない善人面の下に緊張と警戒を忍ばせて、迎賓館に出向いて行ったのだが……



「……意外なくらいに出ませんでしたね、出土品の話」



 ――そう。話の取っ掛かりにこそ〝パーティで供覧された出土品〟の話題が出されたものの、話の中心はそこから古代遺跡そのものの事に移って行ったのである。パートリッジ卿らにとっては好ましい展開であったが、拍子抜けした感の中に、一抹(いちまつ)の不安と警戒を抱かずにいられないのもまた事実なのであった。



「うむ。……深読みをするのなら、何かあると掴んだ上での配慮――という事もあるじゃろう。その事(・・・)をこちらにそれとなく見せ付ける事も含めて、の」

「或いはですが、学者に対する配慮とかマナーという可能性もあるかもしれません。未発表の研究内容については、話したがらない者も多いですし」

「ふむ……そういう事もあるか」



 ロイル家は代々学者のパトロンを(もっ)て任じてきた家柄であるから、彼らとの付き合いのノウハウは蓄積されている。その経験知に照らしてみれば、マナーとして過度の詮索を控えた……というのも考えられる解釈であった。



「もっと単純に、宝探しの話がお気に召しただけかもしれませんよ。目をキラキラさせて聴き入っていましたし」



 物事何でもまずは単純に捉えた方が良いという人生観に立ったものか、ルパが単純明快な可能性を挙げる。「宝探し」に心ときめくのは自分も同じだし。



「うむ……そういう解釈もできん事はないの」

「あの年頃の子供なら、あんなもんじゃないですか?」

「しかし、子供とは言えご令嬢……いや、王女殿下だぞ?」

「王女殿下だって子供には違い無いでしょう」

「うぅむ……そう言われると……」



 ご令嬢らしからぬ「迷姫(まいひめ)」を娘に持つロイル卿だけに、一概に否定する事はできないようだ。



「献上した拙著はどうやらお気に召したようじゃし……ルーパート君の言うのも当たっておるかもしれんの」

「あぁ、早速に(ぺーじ)を繰っておいででしたね」

「その繰る手が停まったのは、挿絵の載っている箇所でしたけど」


 クロウ渾身(こんしん)(にゅう)(こん)の挿絵は、アナスタシア王女の琴線にも触れたようだ。……本人(クロウ)が知ったら嫌がるかもしれないが。



「多分クロウの絵に惹かれたんでしょう」

「しかし、画家の素性を訊ねる事はなさらなかった」

「分を(わきま)えておいでという事なんじゃろうが……それはつまり、手強い相手という事になるのぉ」

「案外、クロウなら好い勝負をするかもしれません」

「……クロウ君を巻き込んだりしたら、さぞや立腹すると思うが?」

「それは避けたいですね……」



 気安く話せる相手ではあるが、どこに物騒な信管を隠し持っているのか判らないのがクロウである。()(かつ)(やぶ)(つつ)くような真似は、全身全霊傾けて遠慮したい。



「クロウ君の絵と言えば……『樫の木亭』にも一言云っておいた方が良いかもしれません」



 クロウの(じょう)宿(やど)でもある「樫の木亭」には、主人の愛する子供たち、ミンナとマルコの肖像画が掲げてある。あれもクロウの手になるものだから、見る者が見れば気付くであろう。そこから芋蔓式にクロウの素性が辿(たど)られる……などという事になったら拙いではないか。

 (こと)にロイル卿にしてみれば、(くだん)の肖像画の元絵となったのは、愛嬢リスベットが発注したリスベット・ミンナ・マルコ三名が並んだ肖像画である。()わば火種の火元であるだけに、下手な騒ぎは御免という思いがある。



「ふむ……少なくとも殿下のご一行が立ち去るまでは、隠しておいた方が無難じゃろうの」

「使用人を走らせますか?」



 しかし――下手な動きはモルファン側の監視に触れる(おそれ)がある。あの抜け目無いモルファンの事だし、何より王女の護衛という大義名分がある。この町に密偵をワンサと放っていてもおかしくない。

 はてさてどうしたものかと思案していたところへ、それならばと名告(なの)りを上げたのがロイル卿であった。



「……こう言っては何ですが、うちの使用人は娘を捕縛するために、追跡・尾行・隠密の技に()けています。他所(よそ)の密偵の目を(くら)ますぐらいの事はやってのけるかと」



 それはそれでどうなのか――と思わないでもないパートリッジ卿とルパであったが、背に腹は代えられない。ロイル卿の「使用人」に全てを託す事にしたのであった。

これにて本章も終幕。次回からはクロウのターンとなる予定です。

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