第二百九十一章 バンクス 4.迎賓館~王女様のお茶会~(その2)
覗き込んだままウンともスンとも言わずに固まってしまい、いっかなその場を離れようとしない。痺れを切らしたパートリッジ卿が、
「〝何か見えるかね〟と訊ねたのですが、あやつめ、〝えぇ……素晴らしいものが!〟と返すだけで、根が生えたように動こうとせん。蹴り飛ばしてやろうかと思いましたな」
その想いは能く解る――と、王女はじめ一同は深く頷いた。
「その後に壁を壊して室内に入ったのですが……いや何と言うか……そう、〝目を瞠るような品々が無造作に積み重ねられた、奇妙で見事な寄せ集め〟とでも言うような有様でしたな」
豪華絢爛たる宝飾品が、無造作に積み上げられていたのだという。聞くだに古代人の感性を疑いたくなるような話だが、その後の調査に拠ると、整理だか大掃除だか、はたまた荷造りだかの最中であったらしい。
まぁ、当初はそんな事まで判りはしなかったので、呆れ半分ながらも内部を丹念に調査しつつ、貴重な遺物――「財宝」だけではない――を運び出したのだという。
そんな経緯を、固唾を呑んで聴いていた王女であったが、話が一段落付いたところで、予て疑問に思っていた事を訊く事にした。
「古代遺跡の地上部は残っていなかった……そう仰いましたよね?」
「然様。どうも何かの異変か災害に遭って、地上部が根刮ぎ崩落したような形跡がありますな。それらの瓦礫が、謂わば蓋をしたような形になったため、地下部は却って保存されたのやもしれませぬ。ま、長の歳月によって、地上部も跡形を留めぬ程に風化しておりましたが」
「お訊きしたいのはその点ですの。どうやって宝物庫の位置を探り当てましたの?」
純朴な王女の質問に、パートリッジ卿は〝ふむ〟と頷き、ややあってから答えを返した。
「今回の宝物庫に関して言えば、人海戦術というやつですな。大勢を雇って広範囲で試掘を行なわせていたら、偶さか地下への階段を発見したに過ぎません。この手の発掘作業というのは、大なり小なり運任せのところがありましてな」
「まぁ……」
「ですが、殿下のご質問が〝なぜシャルドに目を付けたのか〟という意味でしたら、少し答えは変わってきます」
「まぁ……」
考えを纏めるかのように暫し黙したパートリッジ卿であったが、ややして再び口を開いた。
「ご存知かどうか……抑シャルドの第一回の発掘は、こことは違った場所で始まりましてな」
「えぇ……そうでしたわね。報告書を読ませて戴きました」
――実際には、王女はざっと目を通しただけで、丹念な精読はミランダに任せていたのだが、そこまでカミングアウトするつもりは無い。〝チームとしては〟精読した事に違いは無いのだし。
「その、最初の発掘ですが、切っ掛けとなったのは噂話でしたな。モローに巣喰っていた盗賊が古代の秘宝らしきものを持っていたとか、シャルドの町は元は墓荒らしのキャンプ地であったとか、どこぞの住民が古代の秘宝らしきものを持っていたとか」
「まぁ……」
錯綜する数多の噂話を丹念に解きほぐし、シャルドという場所に狙いを付けたのだという。尤も、その噂を補強するような状況証拠は、早い段階で確認されたらしい。
「あちらこちらにですな、何やら掘り返したらしい跡が残っておったのですよ。その中で、丹念に埋め戻されたらしいものに目星を付けて彫り進んだところ、古代の遺構にぶち当たりましてな」
そこから試掘の範囲を拡げ、大規模な遺構が明らかになった事で、より組織的な発掘が可能になったらしい。そうこうするうちに、文字どおりの金銀財宝を掘り当ててしまい、
「調査としてはまだ道半ば――どころか試掘の段階に過ぎなんだというに、何か〝発掘は成功裡に終わった〟という雰囲気が醸成されてしまいましてな。悪い事に、丁度その頃大掛かりな贋金騒ぎが発覚して、金貨の改鋳という騒ぎにまで発展したため、済し崩しに中断の憂き目に遭っておったのですよ」
ところが近年になって、同じシャルドの別の場所で「封印遺跡」などという爆弾案件が発見されてしまい、それが切っ掛けとなって、長らく凍結状態にあった古代遺跡の発掘計画が再始動するに至ったのだという。
「そちらの方には儂は関与しておりませんでな。最初は道楽学徒のハーコートのやつが、次いで王立講学院のスパイン教授が関わっておった筈です」
「スパイン教授?」
「魔術学科の主任教授で、専門は古代魔法学。先日会った折には、魔法陣の解読が一向に進まんとぼやいておりましたな」




